表に出てきた変態様
『SM美容術入門47 - 明智伝鬼(1)』『SM美容術入門48 - 明智伝鬼(2)』と、なかなか明智伝鬼が登場しない明智伝鬼の伝記ですが、今回は大丈夫です。
1970年代の初め頃から、一般書店でもSM雑誌が売られるようになり、コアなマニアだけでなく、チョイエロの人々にもSMが浸透しはじめます。
なんだか面白そうだと人々の間に広がり出すと、スポーツ新聞が取り上げたり、深夜TV番組で紹介されたりと、ますますSMが広がりだし、いわゆするSMブームのような流れが形成されます。
1970年代の終わりから、80年代の初めには、「SMショー」もチョイエロをターゲットとしておこなわれるようになり、かつては、情報雑誌「ぴあ」の毎号に、SM関連のイベントが複数掲載されるような状態でした。
そんな「SMショー」の一般化のきっかけのひとつを作ったのが、大阪から東京に乗り込んできた、玉井敬友というアングラ劇の人。
東京に乗り込んだ玉井敬友は、SMマニアで一目おかれている長田英吉の監修を受けながら、「SM実験劇」を開始し、たいそうな注目を集めたようです。これがきっかけで、それまで人目を忍んで活動していた長田英吉も、表舞台に引き出される機会も増え、また、玉井敬友を手伝っていた、同じくアングラ劇の桜田伝次郎が、独立してSMショーを始めることになります。
桜田伝次郎は、自身の劇団の練習場や、それまで長田英吉などが使っていた、アングラ小劇場に加え、当時次々とオープンしてきた、SMショーを売りにしたお店(SMバー、SM喫茶、SMサロン、いろいろな名で呼ばれています)で、いろいろな名前でのシリーズもののSMショーを開催していました。1980年前後の話です。
そのショーの1つに、お客として現れたのが明智伝鬼。もちろん、その時には明智伝鬼という名前はまだ誕生していません。
当時のSMショーのいくつかは、「会員制」を採っており、ショーを見る前に、主催者側の面接みたいななのがあったようです。『SM美容術入門46 - 濡木痴夢男(2)』で出てきた、濡木痴夢男の『緊縛美研究会』の参加資格を得るための面接は、厳しかったことで有名です。いくつかの緊縛写真を見せられ、どれが濡木痴夢男の縛りで、どれが違うかを正確に言い当てないと、参加できなかったという伝説があります。コアマニアとなんちゃってマニアを峻別した濡木痴夢男ならではの逸話です。
桜田伝次郎の主催する会の参加資格を得るための面接が、どれほど厳しかったのかは分かりませんが、明智伝鬼を面接したスタッフは、「もの凄いヘンタイのSMマニアが受けに来た」と桜田伝次郎に伝えたと言われています。そう、この時点(1980年前後)では、明智伝鬼は、「もの凄い縄使い」ではなく、「もの凄いヘンタイ」です。という、明智伝鬼は緊縛も凄いのですが、縄だけでなく、SM全般をこなす、昔ながらのSM愛好者であり続けました。
そもそも長田英吉、玉井敬友、桜田伝次郎が当時やっていたのは、今見るような緊縛ショーではありません。SMショーです。麻縄、綿縄などのロープも使いますが、それがメインであるわでではなく、その他「ロウソク」や「鞭」「浣腸」「洗濯バサミ」「バイブ」「針刺し」など、いろいろなものを使います。
1982年頃の長田英吉のSMショーの様子が伺われるビデオ作品。
上の長田英吉の1980年代始めのSMショーの様子を見ても、今風の緊縛ではなく、随分とゴチャゴチャした縛りであることが分かります。
1980年代初めの桜田伝次郎の超ヒットSMビデオ作品『くいこみ地獄』より。
こちらは桜田伝次郎の、1980年代初めに大ヒットとしたSMビデオ作品。縄はかけていますが、メインはロウソクやバイブ、浣腸です。
話を戻して、桜田伝次郎のSMショーの観客として現れた明智伝鬼ですが、やがて桜田伝次郎のショーの終わった後に、縛りコーナーのような時間をもらい、モデルを相手に緊縛を披露していたようです。1982年には、既にプログラムに明智伝鬼という名前が出てきています。ちなみに、「伝記」の「伝」は桜田伝次郎の「伝、。「鬼」は、AV監督の鬼沢修二の「鬼」からとったというのが、定説となっています。
鬼沢修二は、桜田伝次郎のSMショーに責め役として出ていたのですが、その後AV監督に転身し、明智伝鬼のAV作品も監督しています。
1980年代の初期に、明智伝鬼がどのような縛りをしていたのかは、興味津々ですが、なかなかこの時期の写真や動画は探し出すのが難しいです。
上の写真は、1985年のSMビデオ作品で、明智伝鬼のクレジットは出てきませんが、明智伝鬼の縛りではないか言われている作品のひとコマです。後の明智伝鬼の縛りと比べると、随分と雑な縛りです。
さて、桜田伝次郎のSMショーで毎回緊縛テクニックを披露することで、急速に緊縛テクニックを進化させていった明智伝鬼ですが、残念なことに、1983年頃に、何かの理由で桜田伝次郎の表だってのSM活動が、全面的にストップします。
それまでは、明智伝鬼は、あくまで桜田伝次郎のSMショーのおまけとして、緊縛テクニックを披露するといった程度での活動にしか興味がなく、緊縛師として目立った活動をするつもりはなかったようです。
しかしながら、桜田伝次郎のSMショーが無くなってしまうと、ムズムズしだしたのでしょう、1987年には、桜田伝次郎がいろいろ企画していたショーを受け継ぐ形で、自らSMショーの企画をし始めます。
企画オフィス名は「スタジオファントム」で、主宰する会が「ファントムショー」「一般撮影会」「特別撮影会」などです。
一番力を入れていたのは「ファントムショー」で、伝説的なSMクラブである中野クィーンのスタジオや明智伝鬼のオフィスで2005年までの長期間開催されています。
上は1992年頃のファントムショーでの縛り。明智伝鬼らしい厳しい縛りです。
当時のファントムショーの動画はたくさん残っていますが、それを見ると、やはり緊縛だけでショーが構成されていたのではなく、メインは縛って、叩いて、ロウソク垂らして、浣腸して、バイブ突き刺して、といったSMフルコースのショーです。それと別に、緊縛中心のショーも後半におこなわれているようですので、桜田伝次郎のショーと、その後の緊縛披露、といったパターンを維持していたようにも思えます。このファントムショーは、現在、晩年の明智伝鬼のスタイルに影響された神凪により継承されています。
「喪服奴隷7』シネマジック、1995、より。緊縛は明智伝鬼。
1990年代のSMビデオの全盛期には、「シネマジック」「アートビデオ」という二大ビデオメーカーがありました。明智伝鬼は、「シネマジック」の多くの作品で緊縛師を担当し、名作を多く残しています。これらの作品は、現在でも動画配信サイトなので観ることができますので、緊縛学習時の参考資料となります。
1990年代の終わりから今世紀初めごろには、明智伝鬼は「緊縛師」のアイコンとして多くのイベントに引っ張りだこになります。
それにともない、明智伝鬼の緊縛に感銘を受けた多くの次世代の緊縛師が生まれます。
特に明智伝鬼から集中的に緊縛術を学んだ神凪から、さらに長田スティーブを介して、明智伝鬼流の緊縛術が世界に大きく広がったことは見逃せません。
インターネットの普及も相俟って、日本の緊縛が世界的なブームになるきっかけとなります。
2005年頃のファントムショーの一場面。こちらも、明智伝鬼らしい縄の結び目を丁寧に、美しく、しかし厳しく決めて行くしばりです。
明智伝鬼は現在活躍する多くの緊縛師に影響を与えた、まさに「三大縄神様」に相応しい人物です。
濡木痴夢男とは大きく異なる匂いを発する緊縛師ですが、でもどこが違うのだろうと考えると、簡単には答えはでません。
明智伝鬼の縄は「責め縄」とよく言われますが、濡木痴夢男も相手によってはかなり責め込んだ縄をしかけます。濡木痴夢男の流れを継ぐ、奈加あきらも責め縄が特徴となっています。
明智伝鬼の晩年の縄目の美しさ・厳格さも明智伝鬼の特徴なのかもしれませんが、おそらくこれは明智伝鬼の凄さの本質ではないでしょう。手先の器用な人なら、誰でも真似できます。
やはり、明智伝鬼の魅力は、プレイ全体から醸し出される、独特の雰囲気なのでしょう。
よく知られていることですが、明智伝鬼は、20代の若い頃から心臓を患い、入退院を繰り返しながら、何回も手術を繰り返しています。
いつ死んでしまうか分からない、このような生まれ持っての運命が、明智伝鬼のプレイに、独特のテイストを与えているのかも知れません。
明智伝鬼の緊縛師としての誕生から最期までを見届けている桜田伝次郎も、明智伝鬼を評して「彼は死の快楽を知っている」(SMスピリッツ1988年5月号)と述べているのが印象的です。
黒サングラスのイメージが強い明智伝鬼ですが、時々ノーサングラス姿も目にすることがあります。
シュー・リー・チェン監督の2000年の作品『I.K.U.』(アップリンク)に明智伝鬼が出てきます。
「緊縛師ブーム」を演出した高須基仁。ロフトプラスワンでも明智伝鬼はしばしばSMショーをおこなっていました。
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