恍惚のマロンクリーム』『究極の媚薬』続くシリーズの3回目ですが、今回は『メスマー美容術入門』の第14回目として書いています。

 簡単に前号までのあらすじ。

  

 サロンさんは、カーママッサージ美容術陰核磨きに、『エメリタ・レスポンスクリーム』という陰核クリームを使っています。

 これは、陰核亀頭に8,000本集まっていると言われている感覚神経の感度を増大するような、血液流入の増加を、一酸化窒素の濃度の上昇で誘導するといった、一酸化窒素シンターゼの基質となるアルギニンを成分として含み、さらに、西北甘草エキス、朝鮮人蔘エキス、ベルガモットオイルといったナチュラルな成分を含んだ、現代科学と伝統に支えられた、究極の陰核クリームです。

 この究極の陰核クリームに、サロンさんの熟練した匠の指使いにより、貴女は、これまで経験したことのないような恍惚の世界に誘われ、この世のものとは思えない深いオーガズムを得ることができます。

 と、大変優秀な『エメリタ・レスポンスクリーム』ですが、アレレ?!いつのまにか、成分からアルギニンも西北甘草エキスも朝鮮人蔘エキスもベルガモットオイルも、『エメリタ・レスポンスクリーム』から抜き去られていましたよ!

 でも、相変わらず、というか、時と共にカーママッサージ美容術の切れ味が鋭くなってきているのは、なぜなんでしょう?陰核クリームの成分なんて、なんでもいいのでしょうか?あるいは、旧バージョンと新バージョンの両方の『エメリタ・レスポンスクリーム』に共通して含まれている成分が効いているのでしょうか?

 『究極の媚薬』で調べましたように、いろいろな成分を含んだ、安いものから高いものまでの各種陰核クリームが世の中に出回っています。

 その使用感想を見てみると、

 

「5回戦目でギブしましたが(笑)彼女は帰ってから2時間近く自慰行為をしていたそうです。」

「効果絶大!!騙されたと思ってお使いください。」

「効果は抜群でした。潮吹きまくりで凄かったなぁ…。」

「明らかに反応が違う。帰りたくないといわれたのには正直、ビックリ」

「いつも以上にびちゃびちゃになるし潮の量がホントにヤバい!!」

というのもあれば、

「騙されました。全然効きません。」

「私の妻にはまるで効果が有りませんでした。」

「彼女にバカにされました。メンタムみたいって!」

「何も起こりませんでした。ので、もう使いません」

「全くダメで買わなければ良かった・・・皆買わないほぅがいいですよ!」

 

と、まあ、この手の商品にはよくある、意見の分かれ方。

 

エミール・クーエ(EMILE COUE、1857-1926)

 

 『メスマー美容術入門04-催眠術全盛期』で登場した エミール・クーエを思い出して下さい。20世紀初頭に活躍した催眠術師でしたね。フランスの薬剤師さんで、薬局で患者さんに薬を渡すときに、「この薬は最近できた良い薬で、あなたの症状などにはとてもよく効く薬ですよ〜」と、丁寧に説明すると、その薬が実際、よりよく効くようだな、との体験から「暗示」の重要性に注目した人。催眠術の歴史でいうところの「ナンシー学派」の人でした。

 最終的には、

  • 私は毎日あらゆる面でますますよくなっている

と毎日唱えるだけで、いろんな病気も治って、本当によくなっていくのだという境地に達し、信奉者を集めます(「暗示で心と体を癒しなさい!」など参照)。

  どんな病気でも暗示だけで良くなる、なんてことは考えない方がよいと思いますが、意外と多くの疾患が暗示だけで治るのでは、と考えている人は、たくさんいます。

 この手のお話しは

「そんなの聞きたくもない。インチキ。詐欺。宗教。非論理的。エセ科学。騙されてお金ふんだくられるぞ!」

「あんたこそ金にまみれた製薬会社と名声のためなら何でもする悪徳医学者の罠にまんまとひっかっかって、毒にしかならない薬を毎日飲まされれているんだ。私は、薬は一切飲みません!」

といった両極端の意見に流されやすいですが、事実はこの両極端の意見の間の、どこかにあるのでしょう。薬がまったくない生活なんて考えられませんし、また、どう考えても暗示だけで治ってしまう病気もあります。

「暗示だけで治る病気、って、それ、そもそも病気じゃないんでしょう。単なる気のせいですよ。」

かもしれません。まあしかし「病は気から」ともいいますし、こころの力が実は凄いのだというのは、『メスマー美容術入門』の主要テーマでもあります。 

 ジョー・マーチャントというのはイギリスの科学ジャーナリストで、生物学で博士号を取った女性です。彼女の『「病は気から」を科学する』は、比較的冷静に「こころ」によって引き起こされるいろいろな病気と、「こころ」によって治癒する現象の最新の研究を紹介している興味深い本です。上で述べた、両極端の意見の間の、どこに着地するのがよいのだろうと、自ら悩みながら、どちらの意見も引用しながら、話を進めています。

 この本の最初の例として紹介されているのが、The New England Journal of Medicine という、かなりしっかりした医学雑誌に1999年に発表された、「自閉症とセクレチン」に関する論文(文献)。

 背景として、自閉症の子供をもつある親が、いろいろ子供の治療を試すが、どれもこれもうまくいかない。ところが、1996年に突如としてそのお子さんが劇的に良くなります。

 「これは何か理由があるはず」と、このご両親、かなり理論的に原因をつめていきます。まず、その劇的に症状が改善した直前に、子供の慢性的下痢の診断のために、内視鏡検査を病院で受けていることに注目します。いろいろと調べていくと、どうもこの内視鏡検査の時に注射した「セクレチン」という消化管ホルモンが、自閉症の症状改善に関連しているのでは、と考え出します。

 このお子さんは、症状が劇的に良くなったと言っても、完全には治癒したという訳でもないのでしょう。ご両親は、引き続き、そのお子さんにセクレチンを投与してくれと、お医者さんに頼みますが、もちろんお医者さんは、自閉症との関連が全くそれまで知られていない「セクレチン」を、自閉症の治療のために投与することには同意しません。しかたがないので、ご両親は、全国の医者に、劇的に症状が良くなった子供のビデオなども送りながら、誰かセクレチンを投与してくれるお医者さんはいないかと捜します。

 ご両親の運動の甲斐があって、カリフォルニア大学とメリーランド大学の研究者が、慎重にセクレチンの投与が与える自閉症の子供の症状への影響を調べますが、確かに良くなっている。ただ、研究としてはいいのですが、医療現場での治療となると、薬の新しい使い方、というのはそれなりの手続きと、データを集めなければ進みません。

 ふたたび、子供にセクレチンを投与してくれるお医者さんがいなくなって途方にくれていたご両親ですが、この状況をマスコミが取り上げて、TV放送します。そのニュースがインターネットで世界に広まり、あちらこちらの国(日本でも話題になったようです)の自閉症の子供をもつ親が「セクレチンを投与してください!」と、病院にかけあい、あっという間にセクレチンが市場からなくなってしまったそうです。

 セクレチンが本当に効くのか(症例数が少ないと偶然かもしれないので、たくさんの症例を集めて統計的に評価する必要があります)、また、そんなに何回も投与していて、安全なのか?という問題もあるので、緊急の、比較的大きな規模での臨床試験がおこなわれました。その結果が、このThe New England Journal of Medicineに発表された論文です。

 結果は、「自閉症の治療にセレクチンの投与はベネフィット(恩恵)はありませんでした」というものでした。ようするに、「やっぱり効きませんよ」ということ。

「なーんだ、全然面白い話でないじゃない」

 ここまではね。ここまでは前ふりなんです。

 マーチャントはさらに続けます。論文のデータを見てみましょうと。

 

 

これがそうです。

2本のグラフが書いていますよね。

自閉症の子供にセクレチンの注射をして、1日、2日後、1週間後、2週間後、4週間後に症状を評価しています。

縦軸がその評価の結果で、下にさがるほど、症状が良くなっています。

つまり、2本のグラフとも、薬を注射して1日後にはかなりよくなり、その効果は4週間後も同じです。

2つのグラフは何かというと、約60人の患者の子供を半分に分けて、半分の子供にはセクレチンを注射し、残りの半分の子供には食塩水を注射します。

この手の試験では、子供やその親、場合によっては薬を投与する看護師や医師にも、本物の薬を与えているのか、食塩水を与えているのかが分からないようにしておきます。もちろん、食塩水も、あたかも薬のような容器に入ったものが使われます。

食塩水の方を「プラシーボ (Placebo)」「偽薬」と呼びます。

もう1度、グラフを見て下さい。

この場合、セクレチンを投与された子供も食塩水を投与された子供も、同じようなグラフの形をしています。

ようするに、「セレクチンを与えたからといって、食塩水を与えた時と変わりませんでしたよ」ということで、「やはり、セクレチンが効くわけではないのよ」という結論になります。

さて、おきづきですが?

ここでマーチャントが指摘するのは

とちらも良くなってるじゃん!

というところ。つまり、食塩水の投与でも自閉症の症状が良くなっているのです。

 このグラフが示す症状の改善が、微妙な改善だったら、あまり気にする必要はないかもしれません。マーチャントが、この試験を主導した医師に確認したところ、「ほどんと奇跡ともいえる劇的な改善だった」ということなのです。でも、彼は、そういうことは一言も論文には書いていません。

 「自閉症の治療にセレクチンの投与はベネフィット(恩恵)はありませんでした」という結論は、なかなか隙の無い表現です。セレクチンの投与で確かに症状の改善は観察されているのですが、それは別にセレクチンが入っていなくても、食塩水でも同等の効果を得ています。そういう事には触れずに、特にセクレチンは意味ありませんよ、とだけ言っています。

 新し薬が世に出る際には、「プラシーボ」群(つまりウソの薬を与えられた人達)と、本物の薬を与えた人達の間で、統計的に有意な差がでるかどうかで、薬が効いているのかどうかを調べます。

一番上のグラフのように、プラシーボでは何もおこらず、薬を投与すると症状が改善するなら、薬は効いています。OKです。

真ん中のように、両者に差がほとんど無いか、あっても微妙な場合は、アウトです。薬の開発は失敗です。

ややこしいのが、今回のように、プラシーボ群でも、同じように効く場合。

これは、薬の開発としては失敗です。製薬会社は興味はありません。

お医者さんの方も、困ってしまうでしょう。

上の論文で、試験を主導した医師が、プラシーボ群でも下がったことにについては何も書いていないのからも分かるように、この手の現象にあまり深入りすると、トンデモ科学者、エセ科学の烙印を押されそうな雰囲気があるのです。また、「あなたの病気はこころの力で治るかもしれません」という説明は、得てして「私は本当に病気なんです!気のせいなんかでないんです!あなたはヤブ医者だ!」といった反応を引き出す可能性も少なくはないでしょう。

 マーチャントの取材は、意外とこのプラシーボ効果で治癒する「本当の病気」が多いことを、いろいろな例を上げながら紹介しています。びっくりしたのは「プラシーボ手術」っていうのもやられているそうで、手術のプラシーボ効果もかなり有名らしいです。つまり、「はい、手術しますよ〜」って手術室に入って、麻酔をかけられ、実際メスで切開されるのですが、何もしないで、そのまま縫合して、はい終わり。それでも、治ってしまう疾患があるそうです。

  誤解しないで下さいね。全ての疾患でないですよ。プラシーボでも効果がある疾患がある、あるいは、効果がある場合がある疾患がある、といった程度です。自閉症の場合も、自閉症患者のあるタイプの場合には、プラシーボ効果がある場合がある、といった程度でしょう。

 それでも、単に食塩水飲んでいるだけで、病気が治るのは見逃す訳にはいかないと、このプラシーボ効果をなんとかちゃんとした医療に格上げしようと努力しているお医者さんなどが紹介されています。

 

 

 日本でも、最近売られているようですが、「プラシーボ薬」、つまり何も有効成分は入っていないのだが、見た目は本物の薬とそっくりの偽薬が売られています。もちろん、パッケージには正直に、何も薬成分は入っていません。何の治療にも使えませんと明記しています。実際、このような「プラシーボ薬」をうまく利用して、本物の薬の量を減らしたり、あるいは、痛みや不眠などを改善する方法として使っている人達も多いようです。

 ほんとうは、一番いいのは「実は、あなたの病気の治療にぴったりの薬が、最近ハーバード大学で開発され、劇的な効果を出しつつあるのです。それがこれです。少々お高いですが、それだけの価値は保証します!」と、有名大病院のエライ先生に処方してもらう場合が、「プラシーボ薬」は最も効果を発揮するはずです。さらに理想的には、処方する先生も、「絶対に効く」と信じていることです。セクレチンの場合も、親が「これは絶対に効く」と信じている部分が、かなり重要だと考えてよいと思います。

 実際には医師はいかなる場合にもウソをついてはいけないという、ルールがあります。「ウソも方便」だと思われるかも知れませんが、それを許してしまうと、収拾がつかなくなるために、「プラシーボ薬」を使う場合にも「この錠剤には一切の薬成分ははいっておらず、ただのデンプンの粉を固めたものにすぎません」と言って渡さなければいけません(効くと信じるのはOKですが)。それでもなお、「プラシーボ薬」が十分効果を持つ「本当の」病気がたくさんあるのが、体と心の不思議なところです。

 

 話を陰核クリーム戻しましょう。各種陰核クリームに色々はいっている成分、効果があるのかどうかサロンさんには分かりません。というか、誰も分からないでしょう。でもサロンさんは効果があると信じており、受けられる方も効果があると信じているので、結果的にもの凄い効果が出て、めでたしめでたしとなっております。

 

 (文献) Sandler, A.D., Sutton, K.A., DeWeese, J., Girardi, M.A., Sheppard, V. & Bodfish, J.W. Lack of benefit of a single dose of synthetic human secretin in the treatment of autism and pervasive developmental disorder. N Engl J Med 341, 1801-6 (1999). 

 

「古代インカから伝わる・・」「数千年の歴史をもつ漢方の力による・・」なんて感じで、欧米人にとっては、日本の春画文化も、神秘的で超越的な性の力を感じさせるテーマのようです。

 

「心霊手術」ってのが昔、日本のTVで流行ったのですが、今でもフィリピンやその他の国で民間療法として続いていると思います。素手で、体内の悪い臓器部分を切り出すというノリのものですが、実際には豚か牛の臓器を巧みに体の中から引き出すようみ見せているだけですので、驚かないように。いわゆる「プラセボ手術」で、リアリティーが高い分、信じる人には効果も高いです。

 

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連載『メスマー美容術入門』