「心理学」という学問がいつ頃からできたのか、諸説あるようです。比較的新しいところに起源を求める説では、『メスマー美容術入門02-広がる怪世界』でご紹介した、19世紀の終わりの頃の、アンブロワーズ=オーギュスト・リエボーやジャン=マルタン・シャルコーなんかが催眠術を医学的に解明、利用していたころだとするようです。
「何をけしからんことをいっておるか。催眠術なんて心理学と関係ありませ〜ん」と異論・反論もあることかとは思いますが、まあそこは大目に見てもらい、19世から20世紀に移り変わる頃の催眠術の動きを見てみましょう。
復習です。
催眠術的なものは、おそらく人類の誕生と同時に、呪術、魔術、宗教その他として存在、利用されていたものですが、それを「近代科学的」に治療などに使えるのではと言い出したのが、『メスマー美容術入門01-元祖怪しい人』で紹介した18世紀のドイツの医師フランツ・アントン・メスマー(FRANZ ANTON MESMER、1734〜1815) でした。
メスマー大先生
フランスで大ブレイクするのですが、ルイ16世紀に睨まれて、18世紀終わりに失墜。「インチキ」の烙印を押されます。
しばらく催眠術にとって冬の時代が続くのですが、19世紀中頃から「やっぱり、いけるんとちゃう?」と再度盛りあがります。
現在使っている「催眠」という名前がついたのも、この頃で、イギリスの外科医ジェー ムズ・ブレイド(JAMES BRAID, 1795-1860)の造語です。
19世紀の後半にはフランスのナンシーという地方で、催眠術を用いた治療が盛んにおこなわれていたようで、「ナンシー学派」と呼ばれ、いろいろ催眠技法が体系化されてきます。
1889年には、パリで催眠の国際会議が組織され、初の国際会議が開かれたとあります。冒頭に述べた、心理学の起源を近いところに求める説は、この国際会議あたりを歴史的な出来事としているのではないでしょうか。確かに、「臨床心理学」といえるような動きがこの頃には形になっています。
「心理学」ってのは、学問としては、結構新しい部類のようですね。一般的な心理学の起源ってのは、1879年にドイツの心理学者ヴィルヘルム・ヴントがライプツィヒ大学に心理学実験室を開いた頃とされています。やはり19世紀の後半ですね。
心理学の生い立ちには、催眠術もそうですが、もうひとつ「骨相学」という怪しい学問もからんできて、こちらも面白いので、いつか機会があれば紹介したいです。
『オナニーのすゝめ』より
あんまり「怪しい、怪しい」と言っていると心理学やってる人に怒られますので、控えますが、とにかく怪しんです(笑)。まあ、生物学その他の学問もそうですけどね。
科学、あるいは医学としての催眠術の全盛期は、おそらくこの19世紀の終わり頃です。あとは、形を変えながら、「催眠術的」な考え方がいろいろな分野に広がりますが、サイエンスの世界では傍流へと追いやられます。
「形を変えながら広がる」例の1つとして、今回はエミール・クーエを紹介しましょう。
エミール・クーエ(EMILE COUE、1857-1926)
エミール・クーエ(EMILE COUE、1857-1926)は1857年(江戸時代の安政3年)にフランス北部のトロワに生まれたフランス人。
パリ薬科大学で薬学を勉強し、卒業後、薬剤師としてトロワで薬局を開いていたのですが、患者さんに「この薬は最近できた良い薬で、あなたの症状などにはとてもよく効く薬ですよ」といった感じで丁寧に説明して薬を渡した場合と、何も説明なしで渡した時には、薬の効きが随分と違うみたいだぞ、ということに気づきます。
クーエが28才の時に、すでに『メスマー美容術入門02-広がる怪世界』で出てきた、「ナンシー学派」の開祖ともいえるアンブロワーズ=オーギュスト・リエボーに会っているみたいです。リエボーの催眠療法を2年間程、手伝ったという記述もあります。25才の時に結婚した奥さんがナンシー出身で、ナンシー催眠学校出身だったので、その縁でリエボーとつながっていたのでしょう。そして、1901年頃から、薬局の片隅で、自らも催眠術を用いた治療のようなものを初めていたようです。
1910年、なのでクーエ53才の時に、薬剤師を引退し、トロワを引き払い、奥さんの故郷であるナンシーに移ります。そして、ナンシーで催眠療法のクリニック(「ナンシー応用心理学研究所」といいました)を開設します。
重要なのは、このクリニックでは、クーエは「あなたは眠くな〜る」といった催眠誘導を放棄していた点です。
催眠術の定義って曖昧なのですが、よくTVで見るような、体が脱力して眠ったような状態(これを催眠状態といいますが)に誘導することが催眠術だとすると、クーエは催眠術を使わない方法を採用したことになります。
「催眠状態」においては、ナンシー学派が重要視した「暗示」がとても入りやすくなります。「催眠状態」と「暗示を入れる」というのは別物であることを注意してください。
『メスマー美容術入門02-広がる怪世界』でも出ていた、イギリスのジェー ムズ・ブレイド(JAMES BRAID, 1795-1860)が重視した「凝視」っていうのは、「催眠状態」に誘導する1つの方法です。メスマー大先生は、「催眠状態」に誘導する方法として、動物磁気がつまった樽や、グラスハーモニカや、手かざし法など、いろいろネタを持っていたところがすごいところですが、ブレイドはその中から、凝視だけを取り出しました。
で、このように「催眠状態」に誘導しちゃうと、暗示が入りやすくなります。「催眠状態」にしただけでは、暗示が入る分けではありません。
「暗示って何よ?」といいますと、例えば、ショー催眠では、「あなたは目を覚ますと、椅子から立ち上がれなくなります」という、あれです。
「催眠状態」になっちゃうと、目をさましても椅子から立ち上がれなくわけでなく、ちゃんと「あなたは立ち上がれなくなります」と暗示=指示をいれなくてはいけません。
では、暗示が入るのは、「催眠状態」の時だけなのでしょうか?違います。それに気づきだした人達の一人が、このクーエあたりです。
なので、クーエは自らを「新ナンシー学派」と呼び、「あなたは眠くな〜る」といったベタの催眠術を使わないで、催眠療法をおこなっていました。
「催眠術使わないのに、催眠療法なの?わけわからん」
すみません。催眠の定義があいまいというか、時代と共に変わるので、どうしてもややこしくなります。
クーエは、1922年(大正11年)に『Self-Mastery Through Conscious Auto-Suggestion』(日本語版は「暗示で心と体を癒しなさい!」かんき出版)という本を書いているのですが、そこでは「以前の私は、催眠中にしか暗示をかけられないと思っていたので、つねにクライエントを眠らせようとしました。しかし、その必要がないことを知ったので」催眠誘導をやめたと書いています。その方が、信頼感が生まれて、暗示が入りやすいというわけです。
おそらく、「催眠状態」を経ずとも暗示が入るというのを気づいていたのは、他にもたくさんいたのでしょう。クーエを特徴づけるのは、催眠誘導を捨てたことよりも、その徹底的な「自己暗示」にあります。
クーエは、催眠術師として、クライエントを治療しようとはしていません。それぞれの人が、自分でもっている自然治癒能力とも言えるような力を、自己暗示で引き出す方法を教えていました。
クーエのナンシー応用心理学研究所では、まず、クライエントを、今でいう軽いトランス状態に誘導します。これには、今の催眠術で、観念運動やボディーマジックなどと呼ばれている、いくつかの簡単な手法を用います。通常なら、そのまま催眠状態に誘導するのでしょうが、クーエの方法では、そこまでは進めません。この状態は、いわゆる無意識が活性化され、集中力が研ぎ澄まされた状態です。
「ほら、手がガッチガッチに固まって開かない」と誘導してるであろうクーエ先生。今でも、誘導の最初の方によく使う技法です。
次に、この状態で、次の暗示文を唱えさせます
- tous les jours a tous point de vue je vais de mieux en mieux
あ〜、すみません。サロンさんフランス語分かりません。
- Every day, in every way, I'm getting better and better.
これなら分かりますよね。日本語にすると
- 私は毎日あらゆる面でますますよくなっている
となりますが、韻を踏んでいないので、あまり心に響きませんね。英語の方が、なんとなく、ほんとによくなっていくような感じがします。
そう、こういう感じで、頭の中をポジティブなことで埋め尽くすだけでいいんだというのが、クーエの方法です。
最初は、クーエの診療所で、クーエが軽いトランス状態に誘導して、みんなで合唱するようにこの呪文(まさに呪文なんです)を唱えて練習させ、その後に、各自、自分の家でできるようにさせるみたいです。
つまり、各自、自分で無意識を活性化させ、集中力をあげた状態(いわゆる瞑想状態ですね)にはいり、そこで、「よくなっていくんや〜」という暗示を徹底的に入れましょう、という方法です。
「それ、なんか聞いたことある!」って人も多いと思います。いわゆる、「アファメーション」「成功法」や「自己啓発セミナー」なんかの形でも、現在でもよく使われる自己暗示法です。
「そんなもんインチキや」「思うだけで、うまいこといくんやったら、世話ないわ」「そんなん、怪しい宗教やん」と思われる人も多いかもしれませんが、さて、どうなんでしょうね〜。「オレはダメな人間や」と毎日自己暗示入れて、どんどん悪くなっていく人もたくさん見かけるので、どうせなら、ポジティブな方向に自己暗示入れた方が得だと思いますし、宗教で念仏唱えるのも、あながち無視できない力を生み出すかもしれませんよ。
このクーエさん、あちこちに研究所、つまり施術院を作り、引っ張りだこだったようです。
「やっぱりうさん臭い」と思われるかもしれませんが、このクーエ療法、全て無料でやっていたそうです。
フランスだけでなく、イギリスでもブレイクしたようで、最後の方では、アメリカにわたって講演などもしていたそうですが、アメリカではいまいちブレイクできなかったとか。
アメリカで受け入れられなかった理由の1つには、既にアメリカにはメスメリズムが伝わっており、独自のクーエと似た自己暗示を核とする手法が確立されていたんですよね。これについては、またいつかご紹介しましょう。
また、別の理由として、クーエがアメリカで講演したころには、すでにフロイドの学説がひろまってしまっていたのです。
催眠術を医学から葬り去ろうとしたフロイト博士。
フロイトって聞いたことありますよね。催眠術の世界では、催眠術に引導を渡した悪役として取り扱われる(?)、こころの科学での超大物です。
次回は、フロイトと催眠術の関係についてご紹介しましょう。
(参考文献)
EMILE COUE` THE PROPHET OF AUTOSUGGESTION: 1857-1926
Émile Coué’s Method of “Conscious Autosuggestion”
「暗示で心と体を癒しなさい!」かんき出版
これ観てたら、女の子といっぱいセックスできるんですって!自己暗示の一種ですよ〜
こちらは女性用かな。聴くだけで男が集まる女性に変身!〜
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