非言語コミュニケーションを楽しむ前に、十分に言語での同意を確立しておく必要があります。
『コミュニケーションを取る』にはどんな方法があるでしょうか?
まず思いつくのは「ことば」かもしれません。
「12時34分着の電車に乗って、東改札口を出てすぐに右に曲がって、左手の三軒目にある猫の看板の喫茶店の二階の西側の席あたりに座っててね」
と、詳細なメッセージを伝えるには「ことば」以外には考えられません。
電話での話しことばで伝達するか、メールや手書きのメモでの書きことばで伝達するかの違いはありますが、基本的には「言語」を使った伝達で、人間以外の動物ではできない、精緻な情報交換方法です。
TV番組、ニュース、新聞、読書、会話・・などなど、「ことば」が人と人とのつながり、社会形成の中心となっているのは、いうまでもないことなのですが、あまり「ことば」にだけ気をとられていると、「ことば」以外のいろいろなコミュニケーションの方法があることを忘れてしまいがちなので、要注意です。
例えば
「あなた、きらい」
と言われるとします。
基本的には、嫌われているのでしょうが、その時の相手の表情、声の調子、その言葉が発せられた前後の状況などによって、心底嫌われているのか、ちょっと、今はイヤという程度なのかが変わってきます。
というか、その違いがが分かります。
あるいは、「あなた、きらい」という言葉で「あなた、大好き」というメッセージを伝えることも可能でしょう。
このように、人と人とがコミュニケーションを取るときには、「ことば」がもつ言語としての情報以外にも、聴覚、視覚、臭覚、そして触覚などの感覚器をフル動員して情報のやりとりをしています。
「空気を読む」能力ってのが、しばしば「優れたコミュニケーション」能力として語られることがありますが、これはいわば、「ことば」以外のコミュニケーション能力のことを言っていると考えればよいでしょう。
つまり、「言葉にしない」でも、その場の雰囲気、つまり、相手の表情、体の動き、あるいは匂いなども判断材料に使っているのかもしれませんが、そのようなもろもろな「非言語的」な情報から、相手の伝えたいとことを読み取る能力です。
恋人や夫婦が、言葉にしなくても、かなり複雑なメッセージを交換できるのも、このような「非言語的」コミュニケーションが上手にできるからなのでしょう。
SMプレイや催眠誘導にも、「非言語的」なコミュニケーションがとても重要なのですが、同時に「非言語」であるために、誤ったメッセージをやりとりしていまうといった危険性も含んでいます。
今回はその話です。
すでにご紹介しているように、世界では「日本式緊縛」のブーム。
日本人が考える以上に世界のあちこちで緊縛が流行しているのです。
1990年代にインターネットで世界中がつながり、日本のエロ文化も世界に配信されまじめます。
日本は世界に類を見ないほどの量の、SM雑誌やSMビデオを作って来ましたので、そのクオリティーも当然高いです。
あっという間に「日本の緊縛はエロくて芸術的で格好イイ!」と緊縛ファンが増えることになります。
「見るだけでは物足りない、自分でも縛ってみよう」
「でも、コツが分かんない・・」
「じゃ、本場日本に行って、本物の緊縛師から習ってこようか」
てな感じで、聖地巡礼のごとく、毎年大勢の外国の緊縛ファンが日本を訪れ、トップクラスの緊縛師のレッスンを受けて帰ります。
お国に戻れば、「緊縛総本山の日本で研鑽を積んだ本物の先生」という訳で、緊縛教室なんかも開催しやすくなります。
最近は、日本のプロの緊縛師が、海外のマニアから招待され、海外で緊縛教室、緊縛パフォーマンなどを披露するのも珍しくありません。
また「ナントカ道場」という感じで、緊縛教室の海外支部みたいなのもいくつかあったりもします。
このような背景のもと、最近ちょっとした出来事が注目されています。
海外には(というか、日本でも利用できるのですが)、ヘンタイさん御用達の、フェースブックというか、ミクシーというか、そういう感じのSNSがあります。英語が基本です。
結構参加者は多いです。登録者は500万人を越えているので、ミクシーよりは少ないですが、全員ヘンタイなので、たいしたもんです。
そこを中心に、最近『大炎上』している話題が、日本の緊縛教室がらみの話題。
何が話題になっているか?
まず何が起こったかを紹介します。
登場人物は全て仮名にしておきましょう。
場所はオーストリアで、某都市にある緊縛道場(Dojo)です。
「道場って何それ?」って思われる人もいるかと思いますが、日本でも道場と名をつけてる緊縛教室も多いようです。海外では特に、Dojoとした方が東洋の神秘、という感じで受けが良いです。
「今日(2016年)は、日本の東京の本部道場から、合田(仮名)道場長がオーストリア支部に来て下さる日。ワークショップで道場長の指導を直接受けられるので、ワクワクしちゃう」
ちなみに、合田(仮名)道場長、ヨーロッパ生まれですが、この何十年かずっと日本に住んでいて、現在では日本での(=世界での)プロの緊縛師のトップに位置する影響力の強い人。海外の複数の国に道場をもっておられ、お弟子さんも世界のすみずみまで相当数います。
ワークショップにはいつも道場に通っている生徒さんの他にも、日本から高名な先生が来ているというので、普段は日本式緊縛をやっていない、ヨーロッパ式のSMファンも少し混じっています。
ペアで参加している人が基本のようで、基本的な縛りの型をそれぞれのペアが練習している道場の中を、 合田先生が順番にチェックして回り、ところどころで、合田先生自らが、参加者を相手に、縛りの直伝、つまり、縛ってしまいます。
ワークショップに参加していたジャニスさん(仮名)とベティーさん(仮名)。お二人は「普段は欧米式のSM」をやっている、いわば常連さんではないカップル。お二人とも女性でいわゆるレズでかつSM愛好者。ジャニスさんは、欧米式のSMの世界では既に地位を確立しているようで、ジャニスさん自身がワークショップを開いたりもします。まあ、いわば別の道場の道場主が、合田道場の練習会に参加しているような感じでしょうか。
合田先生は根が無口な人ですので、言葉少なに生徒さんに注意をしながら、練習をつけていきます。
ジャニスさんとベティーさんのカップルの番になったとき、合田先生、なぜかベティーさん(つまり受け手)ではなく、ジャニスさん(つまり縛り手)を相手に実演し始めます。
日本の武術もたしなむ合田先生ですので、すらすらとジャニスさんを縛り上げ、床に寝かせて被虐感を味あわせます。あっという間の出来事です。
いつも道場に来ている生徒さん達にとっては、いつも通りの光景、何もなくワークショップはその後も続き、盛況のうちに終わります。
ただし、ジャニスさん(仮名)とベティーさん(仮名)途中で帰ってしまいます。
合田先生、ワークショップ後にジャニスさんに「今日は貴女を縛ることができよかったです」と挨拶のメールを出したようですが、それに対してジャニスさは返事を出していません。
ということで、何事もなかったように半年が経ちます。
ところがですね、今年に入って、突然ジャニスさん(仮名)が上のヘンタイSNSの中で、このワークショップで受けた精神的虐待に対する告発みたいなのを発表し、ここからてんやわんやの大炎上が始まります。
告発内容はだいたい
「あの日、合田は、私に縄を受けるかと一切尋ねず、あるいは私に触れて良いかと一切了解ととることなしに、いきなり私を猛烈な勢いで縛り、そして床に倒して足で私を踏みつけにし、しかも首にまで縄をかけた。あれ以来私は精神的に極めて大きなダメージを受けて、今日までおかしい状態が続いている。同意なしにSMプレイを強要するなんてことは考えられないことで、とても許容できない」
といった感じです。
大炎上には、いろいろ複雑な要因がからまっていて、簡単には「何が悪い」とか「誰が間違っている」とかは言えそうにはありません。ですので、いろんな人が、「合田はひどい」「ジャニスはおかしい」といろんな意見を述べて、炎上が広がります。
複雑な要素を列挙すると・・
- 合田氏には敵が多いこと:これは合田氏の人間性が悪いとかそういのではなく、単純にある種のやっかみみたいなのが存在することです。なんとか、この目立つ男を引きずり下ろしてやろうという海外の緊縛マニアがたくさんいますので、まってましたと、徹底的に叩きまくっています。
- 欧米人の緊縛マニアは結構仲が悪いんです:日本でも緊縛の流派が異なって仲が悪いというのがないことはないでしょうけど、それに比べると、海外の緊縛流派間の仲の悪さは、激しくて驚きます。昨日の師弟関係は、明日の敵同士というのがいっぱい。
- 日本式緊縛と欧米式BDSMとの対立:海外の緊縛流派間の仲の悪さに比べればましかもしれませんが、欧米式のローププレイをやっている人達にとっても、「kinbaku」ってのは、ちょっとうっとうしい存在。同じようなことやってるのに、なんで「緊縛は特別」なの?と鬱積した不満をもっています。これらの人も参加するので、ますますややこしい。議論は文化論みたいに広がってしまい、ポルノ的要素が強く、フェミニスト(女性に優しいという日本的意味ではなく、本来の男女同権論者ですよ)からはとても容認できない日本の緊縛シーンへ批判へとも広がりかねない様子です。
- ジャニスさんはバリバリのレズでしかも責め手:ジャニスさんはおそらく典型的なフェミニストなのでしょう。その彼女を男性が、問答無用に責めるわけですから、精神的に強烈な傷を負ってしまったというのも、納得できることです。
- ジャニスさんは欧米式SMのプレイヤーで、しかもかなりハードなプレイヤーとして有名:針を刺したり、性器を糸で縫いつけたり・・・マニアでない人からすると、とても怖くて見れないプレイを安全に楽しんでいるマニアさんのようです。これについては、下で考察しましょう。
「え?ジャニスさんって、ハードSMの人なの?なら、日本の緊縛なんて、たいしたことないでしょ?!」
と思われるかもしれません。
はい。 欧米式SM愛好家のあるマニアグループは、かなりハードなことをやります(もちろん、日本にもいらっしゃいますけどね)。
ただし、それもあって、プレイ前の打ち合わせに関しては、極めて慎重、念入りにおこないます。
お互いに、どんなプレイを好み、どこまでが許容範囲かを、ハードになればなるほど、綿密に同意を得ておくことが、決まりとなっています。
でないと、やってることが危険なので、大きな事故につながりかねません。
そのような文化背景をもったジャニスさんに、いきなり何の言葉もかけずに、SMプレイをしかけるということは、現在の欧米BDSMの世界では完全なルール違反で、あってはならないことなのです。
全てが、明示的な言葉による契約が交わされた後に始まるシステムです。
われわれの場合、言葉での同意を事前に取るとことが、なかなかしっくりこない文化をもちます(良い悪いは別にしてね)。
非言語的なメッセージのやり取りが多いのが日本の特徴ですので、
「縛ったろか?」
「いや、いいです。」
と言葉で拒否しても、実際には縛られるのがOKなのか、そうではないのかを非言語的に判断し、多くの場合、それでスムーズに事が進みます。
さらに言ってしまうならば、あらかじめ何も決めないで、その瞬間その瞬間での全チャンネルを使ったコミュニケーションから、どんどん進む方向が変わってくるのが、緊縛プレイの醍醐味とも言えます。
「あらかじめ何も決めなくても」お互いに許容できる範囲内にしか進まないだろうとの、前提のような信頼感があると考えます。
まあ、この「あると考えます」というところが甘く、ここでの齟齬がると、もめ事になる訳です。
上のケースでも、ジャニスさんが日本人なら、合田氏も、縛る途中で嫌がっているのに気づき、別の対応をしていたのかもしれませんが、そうはならなかったようです。同意なしで始まった時点で、切れてしまっています。
欧米式BDSMプレイのセッションで上のような事件が起これば完全にアウトで、合田氏に非があります。
ただこれが起こったのが、欧米式BDSMプレイのセッション内ではなく、日本式緊縛教室の中です。
「オーストラリアという西欧空間の中での緊縛道場という日本的空間」
「日本式緊縛に慣れた生徒さんにまじった、お客さん的な欧米式SM愛好家」
「主催者側としては、ワークショップに参加する人は、日本的な緊縛文化に理解があると思っていた」
というのも話をややこしくしています。
まあ、避けられる不幸なことは避けなければいけません。
緊縛は、肉体的にはソフトでも、精神的にはハードにもできます。
ハードなSM愛好家のジャニスさんが、簡単な縛りだけで、半年も気持ちを発信できなかったまでに精神的ダメージを受けたというのも、あってもおかしくありません。「こころ」のレベルでの緊縛事故の1つとも考えられます。
事件の深いところは、その場を観ていたわけでもないので、いろいろまだまだ難しいところがあるでしょう。そこはあれこれ想像してもややこしくなるだけなので、これ以上は突っ込みません。
ただし、この事件から学ぶべき事はいくつかあると思います。
普段あまり交流していないグループ、すなわち背景文化の異なるグループに属する人とSMプレイをする時には、きっちりと事前に「言葉」で打ち合わせをしておくことを怠らないことです。
普段自分が慣れ親しんでいる文化が、必ずしも他のグループが受け入れられる文化ではないということです。
いろいろな人が、いろいろな歴史から、いろいろな常識や考え方をもっていることを尊重し、ボタンのかけ間違いが起こらないように、あらかじめ、はっきりと意見交換しておきましょう。
海外の緊縛愛好家との交流が今後もどんどん増えて行くでしょう。
日本人は、はっきり「ダメ」というのを遠慮してしまいます。言葉にしなくても、ちゃんと分かってもらえるといった文化に慣れていますが、欧米文化圏の人は(もちろん国にもよるでしょうが)、基本的に言葉によるコミュニケーションが優先です。
まったりムードの縄処でしか遊んだことがない日本の緊縛好き女性が、
「アイアム ドエム。あー、ハードマゾ。ハード、OKね」
とかやってたら大変なことになってしまいますので、ご注意を。
【Take-home message-63】普段交流のないグループの人とのSMプレイに際しは、慎重にプレイ前の言語的なコンセンサスを得ておくこと。
今回の事件に関連した対談がヘンタイ向けがPodCastなどで流れています。
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