「メスマー美容術」って何だか怪しいなと思っている人多いでしょう。
まあ、SM美容そのものが限りなく怪しいので、特に「メスマー美容術」が怪しいという分けでもないかな。
そもそも「メスマー」って何でしょう。
「ドイツの紅茶屋さんでしょ?」って?
そっちは、綴りがMeßmerだから、多分関係ない。
「メスマー美容術」のメスマーは、やはりドイツ生まれのFranz Anton Mesmer(フランツ・アントン・メスマー)って人なんです。メスメルともメズマーとも読んだりします。
で、この人、どんな人でしょう?
辞書で、「Mesmerism」ってひいてみてください。「催眠術」って出てくるでしょう?
逆に「催眠術」を和英辞典でひいてみてください。「hypnotism」と「mesmerism」と出てくるはず。
「Mesmerism」は「メスマー主義」とでも直訳できます。そう、メスマーって人、催眠術師の元祖みたいな人なんです。
ところで、サロンさんの使っている辞書、ひどいな。
「mesmerism= メスメリズム◆18世紀にドイツ出身の医師フランツ・アントン・メスメル(Franz Anton Mesmer、1734〜1815)が開発した、体内の動物磁気(animal magnetism)の流れを正常にすると称して、催眠術を使って病気が治ったと思わせる療法。メスメルの治療方法そのものはいんちきだったが、フロイトに影響を与え、催眠療法に道を開くことになった。」
ですって。インチキなんだ、やっぱり。
1734年生まれというと、「解体新書」書いた杉田玄白なんかと同じ時代なんです。江戸時代の生まれ。ヨーロッパではダーヴィンなんかと同じ時代。
杉田玄白はお医者さんで有名ですが、メスマーもお医者さん。
メスマーは、1759年(まだ江戸時代)にウイーン大学で医学博士号を取ってるんです。頭よかったのでしょうね。
博士号をとって、お金持ちのお嬢さんと結婚して、ウィーンで開業していたそうです。モーツアルトのパトロン的なこともしていたらしいので、ちょっとしたインテリセレブだったんですかね。
で、当時、磁石を使って、いろいろ病気を治すってのが流行っていたんですって。
「あ、やっぱり怪しい〜」
でも、今だってピップエレキバンみんな使ってるし、『女性用性感治療院』で紹介したように、19世紀には、お医者さんが手マン治療していたぐらいですから、何でもありなんです。
話を戻して、メスマー博士、「ふーむ、これは磁石なくても、なんか手をかざすだけで治るぞ」と気づき、考えました。
「これは、体の中に、磁力にかわるような何かのパワーがあって、それが患者に伝わって、患者に足りなくなったパワーを補ってるんだ」
「これを動物磁気と名付けよう」
ということで『動物磁気説』といいう独自の理論を出したのです。
上の英和辞書の「体内の動物磁気(animal magnetism)の流れを正常にする」部分ですね。
明治18年(1885)には、『動物電気概論』として岩藤錠太郎という人が翻訳してます。
まあ、21世紀の今でも、ディスカバリーチャンネルとか観ると、第六感とか地球意識とかを磁場とか量子何チャラとか、自然科学の枠組みの中で解明しようと研究している科学者(自称科学者でなくちゃんとした研究者)はたくさんいるのが分かります。メスマーの時代から200年以上経っているんですけど、あんまし状況変わっていないかな。われわれが普段使っている「気が入っていない」「気を入れて病気を追い払う」とかも「気」を「動物磁気」に置き換えると、メスマーと同じになってしまいますものね。
「それにしても動物磁気なんて、わけの分からない物理量を仮定するとは・・」と思うかもしれませんが、宇宙を満たしていると信じられていた「エーテル」なんてのも、20世紀まで信じられ続けていたので、メスマーの『動物磁気説』の仮定が、特にひどいトンデモ科学だったわけではないと思います。
でもまあ、当時の医学的常識から外れた、患者さんを撫でたり、手をかざしたりして治療できますというメスマーは、ウィーンの他の医者からは白い目で見らたんです。でもね、他の医者達も、神経症の治療に「悪い血を抜きましょう」と瀉血治療(単に血を抜くだけ)ばかりしていたので、どっこいどっこいなんですけどね。
てなわけで、いろいろあったのでしょうが、メスマーはウィーンを離れパリに移動します。そして、パリで大ブレークするわけです。
パリでは、「ウィーンを追い出された限りなく怪しい医者」というレッテルと、「偉大な発見を引き下げてパリに来た名医」の両方の評価を受けます。
やはり、パリのお医者さんや科学者からは「怪しい者」といった白い目で見られていたようですが、一般の人の間での受けはよい。
庶民から、貴族の奥方様まで、メスマー信者はどんどん増えて行きます。
なんせ、長年煩っていた病気が、魔法のように治ってしまう人が、続々登場したわけですからね。
それに、健康な人でも、メスマーの動物磁気治療を受けると、なぜか体が軽くなり、すっきり、さわやか。
一度受けると病みつきになります。
で、 メスマー先生、どんな治療していたかというと、
「手をかざしたり」
「体を撫でたり」
「動物磁気を注入した水を入れた『メスマー桶』の周囲に患者が並び、桶から出ている鉄の棒で患部を癒す」
「メスマー桶」から出る治療鉄棒でいい気持ちなるご婦人達。
さらに、当時恐怖の楽器として恐れられていた「グラスハーモニカ」を治療中に演奏したりしてたんです。
ちなみにこの「グラスハーモニカ」って、雷の実験で有名な(政治家としても有名)ベンジャミン・フランクリンが1761年に発明したものです。サン=サーンスの「動物の謝肉祭」なんかでも使われていて、当時は相当流行ったらしいですが、「頭が変になる」とドイツとかでは演奏禁止令が実際に出ていたそうです。
「グラスハーモニカ」って、ワイングラスの口を指でこすると、綺麗な音が出ますよね。あの原理を楽器にしたもの。
これって、今から眺めると、いずれも催眠誘導のテクニックなんです。「手かざし法」「撫擦法」「ナントカ法」と、どう考えても催眠術なんです。
これが上の辞書の「催眠術を使って病気が治ったと思わせる療法。」ってところですね。
もちろん、メスマーの時代には催眠術って概念はなかったですし、彼自身、「動物磁気」で病気が治っていると信じてた訳です。
「病気が治ったと思わせる療法。」って、まるでインチキみたいな書き方ですが、恐らく間違いなく神経疾患のある割合の人達はメスマーの療法で治っていたはずです。
『女性用性感治療院』にもありますように、この時代には性の抑圧から、いわゆる当時の疾患概念であるヒステリー症になっていた女性が多くいたらしく、これらの女性も、メスマーの治療で症状が軽くなっていたと考えて間違いではないと思います。
ただ、メスマーは「全ての病気が動物磁気治療で治る」と信じていたようで、これはちと無理があります。
実際、だんだんと
「あの怪しげな治療、やったけど全然効かないぞ」
「なんか、女性を集めて、色っぽい声出させて、変なことやってるぞ」
と悪い噂も広がってきます。
とうとう1784年に、ルイ16世はメスマーの調査委員会なるものを設置します。いわゆる、今で言う言論による公開処刑っていうやつね。
フランクリン(グラスハーモニカの発明で出てきましたよね)、ラボアジェ(化学の偉い人。質量保存の法則とか学校で習ったはず)、ギヨタン(内科医で博愛主義者なんです。死刑執行に八つ裂きとかの残酷な方法やめて、首切りに統一するように議会に提案したら、首切り刑が彼の名前を取って「ギロチン」と呼ばれるようになってしまったんです。ギヨタンは名前変えてくれて、頼んだらしいけど、受け入れなかったので、とうとう自分の名前を変えたとか)、バイイ(天文学者)などの錚々たる当時の知識人が委員になり、メスマー治療の科学的妥当性を見当します。
その結果、
「メスマー治療は人間の想像力によって引き起こされる現象であり、動物磁気の存在を証明するものではない」
という結論。
妥当ですね。
調査委員会は、メスマーの治療が効果あるかどうかを調べたのではなく、「動物磁気」と彼が呼んだ物理量の実体があるのかという、物理実験をしたのです。治療の効果ってのは、定量化が難しいですからね。
メスマーがやっていたのは、催眠療法。心の力を用いた治療です。
メスマーが考えていた「動物磁気」という物理量の実在を支持する科学的根拠は、当時も今もありません。
この、メスマーの調査委員会の設置は、反政府的な自由主義者がメスマーに傾倒しているのを快く思わなかった、当時の当局の政治的思惑があったらしいですが、とにかくメスマーは、これにておしまい。
パリから逃げるようにウィーンに戻り、失意のまま1815年に死去したそうです。
このように最後は可哀想なメスマーさんなのですが、後に残されたお弟子さんたちは、
「やっぱりメスマー先生は、偉大だ。だって、病気治ってる人、いるもん」
「メスマーの動物磁気は、あれは霊力なんだ。メスマーはあちらの世界から来た人なんだ」
と、その後メスマー理論は「心理療法」と「オカルト」の世界への両方へと進化していったのです。
上の辞書の説明の「フロイトに影響を与え、催眠療法に道を開くことになった。」の部分ですね。
ね、なかなか味のある人でしょう。元祖怪しい人なんですよ。
メスマーの伝記映画。よい出来です!
悪魔の楽器と言われた「グラスハーモニカ」
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