メスマー美容術入門24-エロ催眠1

18世紀から20世紀までのエロ催眠文化を駆け足でご紹介。

 

 

 

 

元祖怪しき者のメスマー大先生は、『メスマー美容術入門01-元祖怪しい人』でも紹介したように、18世紀にパリで大ブレークするのですが、

なんか、女性を集めて、色っぽい声出させて、変なことやってるぞ

ということで、ルイ16世にフランスを追い出されてしまいます。

メスマーが、ご婦人方を催眠にかけて、淫行行為をおこなっていたかどうかは知りませんが(おそらくそんなことはないでしょうが)、

美しき女性達が、ハラホレヒレと、失神するかのように弛緩していくのは、観ていてエロ美しい光景。

ご主人や、彼氏が、「オレの前ではあんな姿は見せない」と

メスマーに敵意を感じるのも無理はないかも。

そう、催眠ってのは、なんだか真面目にやっても、なにやっても、エロさが漂うのです。

 

 

おそらく、18世紀や19世紀には、すでに「催眠エロショー」みたいなのが、秘密裏に開催されていたでしょうが、またそれは別の機会に調べて見ましょう。

 

日本に「催眠術」ってのが紹介されたのが明治の初め頃。

(もっとも、「催眠術」という言葉の紹介のことで、催眠術と同じようなことは、宗教や武術などでかなり昔から使われていたと考えるべきですが )

文学にも、「催眠」ていうキーワードが明治時代に使われだしたようで、幸田露伴の『術比べ』(明治38年)、夏目漱石の『趣味の遺伝』(明治39年)、森鴎外の『魔睡』(明治42年)などが有名らしいです(サロンさんは、文学弱いので、いずれも読んでないですけどね。 一柳廣孝『催眠術の日本近代』の受け売りです)。

特に森鴎外の『魔睡』は、「大学教授の妻が医師によって診察中に催眠を掛けられ、猥褻な行為をされたか!」というエロエロ路線のようで、わが国におけるエロ催眠文学の最も初期の作品に相当するかもしれません。

 

大正はエログロナンセンスの時代で、ある意味、今よりもエロエロの世の中でしたか。たくさんエロ催眠関連の本などが出ていたのでないでしょうか?

帝国神秘会』という怪しげな学会(?)が出版した田宮薫『性欲と催眠術』というのが、大正5年に発禁処分になっているようです。

 

これは発禁本ではないですが『帝国神秘会』に出した怪しさの漂う催眠教科書。「特殊催眠施術法」ですって。

 

しかし、こういうテキスト中心のエロ催眠は、おそらく「催眠術ショー」とかをどこかで一度観たことある人でないと(昔からそういったショーはやっていたそうですが)、催眠のエロさというのはなかなか分かりにくいのではなかったかと思います。

その点、「映画」の出現によって、一挙に催眠のもつエロい怪しさが、人々の間に広まったのではないかと思います。

ざっと調べると、昭和13年には、既に日活から『杉狂の催眠術』というタイトルの映画が制作されているようです。

戦前の映画で、杉狂児という人気コメディアンの映画だったようです。催眠シーンがあるのかどうか分かりませんが、エロ路線ではなさそうですね。

 

戦後、1960年代ぐらいからピンク映画が、今のAVみたいな感じで、エロ庶民の娯楽として広まります。

タイトルだけで追ってみると、1981年に『痴漢催眠術』というピンク映画が出ています。

これも現物を観ることができないので、なんとも言えませんが、まあピンク映画ですので、エロ催眠でしょう。

ただし、映画の場合には、リアルに催眠術をかけていたとはとても考えられません。

ちなみにこの『痴漢催眠術』には長谷圭子という女優が出ていますが、この女優さん、1970年代から活躍する有名なSMモデルさんでもあるのです。

 

ピンク映画がビデオやDVDで販売される例は少ないです。

しかしながら、いわゆる大手映画会社(東映、東宝、松竹、大映など)が1970年前後、超エロエロ映画を制作しており、こちらはDVDなどで今でも観ることが来ます。

『網走番外地シリーズ』や晩年のつげ義春作品の映画化などでも有名な石井輝男監督は、1960年代終わりには超エロエロ映画の名作をいくつも出しているのですが、1969年に公開された『残酷・異常・虐待物語 元禄女系図』には、ちゃんと催眠術のシーンが出てきますね。

 

残酷・異常・虐待物語 元禄女系図』 の催眠誘導シーン。

ここでは凝視法を使って、お姫様を催眠術にかけるシーンが出てきます。さすがエログロの帝王、 石井輝男監督。ツボをおさえています。

もちろん、これも演技です。実際に催眠かけているわけではありません。

 

戦前とか、戦後のしばらくは娯楽と言えば映画が中心だったのですが、TVの出現で流れが変わります。さらに1980年代に入るとビデオが現れます。

特にエロ関連ではビデオが大きな力をもちます。なんたって、一人で、自分の家で、好きな時に、好きな状態で観ることができますしね。

 

ビデオ作品で「エロ催眠」を最初に取り上げたのは、サロンさんが何回となく取り上げている(例えば、『耳学問のすゝめ〜その1〜』や『ザ・オルガズム』など)代々木忠なのです。

 

 

代々木忠は、上に紹介した「映画」→「ビデオ」の流れに素早く反応して、ピンク映画の監督からビデオの監督になった人。

エロの神様みたいな人で、1980年代の初めからAVエロ名作を出し続けています。今でもまだ現役なんですよね(『愛と性の相談室』など)。 

 

代々木忠自身が「性」を深いところで理解したいという強い探究心をもっていて、いろいろな実験的なエロ作品を制作してきています。

そのような試みの1つが、1985年からリリースされる『サイコ催眠エクスタシー』シリーズと。

女性に催眠をかけリラックスさせた時に得られるオーガズムについて探究しています。

 

 

このシリーズでは、代々木忠の知人でもあり、催眠術師として『メスマー美容術入門22-0円催眠』などでも紹介した吉田かずおが参加しており、催眠だけで女性をオーガズムに導く作品が何本が制作されています。

代々木忠は、この吉田かずおとの共同作業で、自身も、いわゆる古典的な催眠技法を身につけたでしょう。

もともと、代々木忠のビデオ作品の極めて初期のシリーズである1982年から始まる『ザ・オナニ』シリーズなどを観ればわかるように・・・・

と言っても、こんなに古い作品は観ることができないので、説明しないとね。

ザ・オナニー』シリーズは、代々木忠が女優さんと、カメラ越しにお話しして、恥ずかしがる女優さんを誘導しながら、オナニーさせて逝かせる、という30分のビデオ作品です。

今のような、生入れ、生出しがある時代から考えると、実にソフトな作品なのです。

ですが、今観ても勉強になります。

代々木忠の、いわゆる「トランストーク」と呼ばれる、トランス状態に誘導する巧みな会話で、恥ずかしがる女優さんが、次第に心と許して、スケベなオナニーを披露し始める、という作品です。

そんなの、台本がある、AV女優の演技に過ぎないだろ!

確かにそうなんですが、AV監督の腕の見せ所は、いかに女優さんに、リアリティーのあるイメージ世界をもたせるか・・・

作品の中の女優さんは、ほんとうに人前で始めて肌を見せるように羞恥し、そいて深いところに落ちていきます。

ここが代々木忠の凄いところで、いわゆる古典的催眠術を取り入れる前から、もう既に現在催眠術的な手法を本能的に使っているのです。

 

で、話戻して、・・・もともと、代々木忠のビデオ作品の極めて初期のシリーズである1982年から始まる『ザ・オナニー』シリーズなどを観ればわかるように、

代々木忠はトランス誘導の使い手。

その人が、催眠術のプロである吉田かずおとの共同作業で、催眠技法を極めます。そして、この方面での1つのピークを迎えたのが、1990年代から始まる『チャネリングFUCK』シリーズ。

ここではもはや「あなたは眠くな〜る」式の古典的な催眠状態への誘導は用いていません。

ザ・オナニー』シリーズの原点に戻り、単に女優と代々木忠がお話ししてるだけです。そして、やがて、触りも何もしないのに、モデルはどんどんトランス状態に入り、やがて激しく逝きまくる、といったことになっています。

 

 

 

何も知らない人は、「女優が一人で逝きまくる演技している変な作品」と思うかも知れませんが、 そうだとすると、出演している女優さん達は、みな全て、歴史に残る名女優ということになります。明らかに深いトランス状態に誘導され、深いところで逝きまくっています。

ちなみに、『チャネリングFUCK』シリーズでの、代々木忠のしゃべり方、つまりトランストークの口調、後年の加藤鷹の口調によく似ています。

加藤鷹は1988年頃から代々木忠の作品に男優として出演し、自ら「今も師と仰ぐ存在」と、代々木忠に一目おいています。

おそらくこの頃の、代々木忠に影響され、トランス誘導の技術を身につけたのだと想像します。加藤鷹も、しばしば催眠術師ともラベル付けされたりもする、トランス誘導の達人です。

 

代々木忠、恐るべしですね。

ここまで、20世紀までの動き。

今世紀はどうなるのでしょう。

次回をお楽しみに。

 

 

別にエロイことはしていないのに、エロく見えてしまうのが催眠術ショーの不思議。

 

SMはイメージ遊びの1つですので、催眠世界と深くつながります。海外の一部では女王様プレイは催眠プレイの1つとみなされる場合もあります。

 

 

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