前回の『メスマー美容術入門27-脳に響く』からの続きです。
少し復習しておきましょう。
『ASMR 常に耳元で囁きながら 脳内とろとろ淫語マッサージ』
『ASMR』という言葉が流行っています。
「AUTONOMOUS SENSORY MERIDIAN RESPONSE=自律感覚絶頂反応」を意味し、オリジナルには、耳のそばで紙をクチュクチュする音や、ローションをネチャネチャする音や、そういった微かな音刺激がトリガーとなり、「ゾワゾワ」といった快感が神経に走り、ある種「脳イキ」のような経験をすることを意味します。
誰かにそういった刺激を与えてもらいながら『ASMR』体験するなら、ある種のトランス誘導(催眠誘導と言ってもよいです)ですし、一人で動画やCDを聴きながら『ASMR』状態になるなら、自己催眠の一種と考えてよいでしょう。
いずれにせよ、ある種のトランス誘導なのですが、「音」のみならず「光」などでも誘導できるようです。
聴覚・視覚で誘導できることから、デジタルメディアとの相性が良く、例えば
- AV分野では耳元で甘いな声で囁かれたり、ネチャネチャ音などを聴かされて、エッチな気分になる
- エッチCDで、エッチな音(フェラチオ音やクンニ音)を聴きながら興奮する
- 癒しCDで、心の平和を誘導する
- 安眠CDで安らかな睡眠を得る
- 以上のいろいろなトランス誘導をYouTubeで体験
といった感じで広まっているのでしたよね。
特に、YouTubeでは、『ASMRによる医療ロール・プレイ』というジャンルがはやっており、これについて、米国医師会が発行する科学雑誌である「JAMA」に解説記事がありましたので、それを今回は紹介していきます。
タイトルは『ASMRによる医療ロール・プレイ:デジタル時代の演技とプラセボ効果』
AHUJA, A. & AHUJA, N.K. CLINICAL ROLE-PLAY IN AUTONOMOUS SENSORY MERIDIAN RESPONSE (ASMR) VIDEOS: PERFORMANCE AND PLACEBO IN THE DIGITAL ERA. JAMA 321, 1336-1337 (2019).
まず、記事を読んでいきましょう。和訳を下に載せます。少し意訳が入っていますので、正確に知りたい人は原著を読んで下さい。
最近ちまたでは、ユーチューバーが医者を演じて、視聴者である患者に向かってペンライトをあてたり、聴診器をあてるふりをしたり、ささやくような声で問診している動画をよく見かける。『ASMR』を誘導する動画で、神経に軽い電気が走ったようなゾワゾワ感(tingles)をともなう幸福感が『ASMR』なのだそうだ。
『ASMR (autonomous sensory meridian response)』は「癒し」をもたらすと信じている人もいれば、さらに、鬱症状、不安症、頭痛、不安症、慢性疼痛などを緩和してくれのだと主張する人もいる。
『ASMR』が話題になりはじめたのは、10年ぐらい前なのだが、それ以来『ASMR』を誘導する動画がたくさん作られている。自分ひとりで治療してしまう代替医療として人気がでてきているわけだ。
『ASMR』ブームははインターネット時代の現象といえよう。昔から、多くの人が『ASMR』に相当するいろいろな現象にそれぞれ気づいていいた。インターネット上でそれらの体験を情報交換していくうちに、『ASMR』というキーワードの下に、共通現象として認知されたというわけだ。
『ASMR』という言葉を最初に使い出したのはジェニファー・アレン(Jennifer Allen)とされている。彼女は「meridian」を「感情のピーク」という意味で使っているようだ。ようするに「脳イキ」の上品な表現なのだろう。脳イキをサイエンスの土俵に持ち込んだとも言える。
とはいっても 『ASMR』研究は、まだまだ始まったところで、何も分かっていない。いろいろなアプローチで研究が続いているが、『ASMR』をどう定義し、どう定量化するか、また、『ASMR』が起こる機構は何なのかはまだ全く分かっていない。
『ASMR』の1ジャンルとして「医療ロール・プレイ」が生まれ、実際それが効果があると話題になっている。この「医療ロール・プレイ」は、そもそも実際の医療行為とは何か?を考える上でとても興味深い。実際の医療行為においても、あまり意味のない、儀式的な所作が定式化されており、医療ロール・プレイの『ASMR』は、このような儀式的な医療行為が演じられている。
医療ロール・プレイの『ASMR』動画は、かなり現実の医者の診察に近い見事な演技もあれば、あきらかに医者のフリをしてマゴマゴしながら診察のふりをしているのもある。いずれにせよ、偽の医者は、慎重、丁寧に患者である視聴者を診断してくれている。
医療ロール・プレイの『ASMR』動画と、医療ロール・プレイを含まない『ASMR』動画とを比較して、医療ロール・プレイ動画の含む、何が治療効果をもつのかを調べようとする試みの研究もあるようだが、これも難しい。いわゆる、新薬開発の治験の時のように、実効成分を含む医療ロール・プレイと、実効成分を含まない、いわゆる「プラシーボ」に相当する動画を比べて、実効成分をあぶりだそうとするものだが、そもそも医療ロール・プレイの『ASMR』動画がもつ効果そのものが「プラシーボ効果」によるものなのだから、どこで医療ロール・プレイの『ASMR』動画と、医療ロール・プレイを含まない『ASMR』動画を切り分けるかが、訳がわからなくなってしまう。
そう、実際、医療ロール・プレイの『ASMR』動画の治療効果は「プラシーボ効果」によるものである。つまり、実際の効果をもった治療薬や治療行為が含まれていなくても、診察され診断されるという経験そのものが治癒に結びつくということなのだろう。
「プラシーボ効果」というと、医療関係者はネガティブな印象をもつかもしれない。創薬の失敗につながる。とはいうものの、一部の人達は、「プラシーボ効果」をポジティブに利用しており、「これはプラシーボ薬ですよ」と種明かしをして使用したとしても、それでも効果があるのだと主張している。なので、「プラシーボ効果」も捨てたモノではないのかもしれない。
近未来に十分な医療を受ける機会がどんどん減っていくのだとすると、「プラシーボ効果」の恩恵を積極的に考え、代替医療としての可能性を考えるべきであろう。
医療技術の高度化とともに、医者と患者との十分なコミュニケーションがとれなくなっている。医者は患者を診る時間よりも、モニター画面を見ている時間の方が長くなっている。さらにAIが医者よりも正確で早い診断をすることになると、医者はますますすることがなくなってしまう。
医療ロール・プレイの『ASMR』動画のブームは、技術の進歩が、医者と患者の距離を広げるのではなく、逆により密接な医者と患者の関わりを提供できる可能性を示している。
事実、『ASMR』動画は、動画から飛び出し、『ASMRスパ』として実空間のセラピーとしても使われ出している。そこでは、演劇として医療プレイを体験しながら、問題を解決していこうとしている。
デジタル時代の医療にはまだまだ未知の可能性がたくさんあり、『ASMR』の1ジャンルとして「医療ロール・プレイ」もその1つなのであろう。
本物の医者にとって、偽の医者が30分もかけて、いもしない患者の聴診をしているのをYouTubeで観るのはアホらしいと感じるだろう。ただし、そこで演じられている所作は、まさに医者が毎日やっている所作のかなめのところであり、その所作には何か大切なことがあるに違いないのだ。
いかがでしょうか?意訳しているのですが、もともとかなり硬い文章なので、まだ分かりにくいですかね。
ポイントを解説する前に、ひとつ訂正。『メスマー美容術入門27-脳に響く』では、 『ASMR』が科学論文にも使われているので、「ちゃんとした科学用語のようです」と書きましたが、この記事によると、アマチュアの人達が「科学用語風」に造語した言葉となっていますね。
で、内容のポイントを紹介しますと・・・
耳のそばで微妙ないろいろな音を聴いて、それに集中していると、なんだか神経に電気が走ったようなゾワゾワ感が得られたぞ!、なんて経験をネットで話しているうちに、「私も、こいいう方法で同じような快感が」「僕も似たような経験を、光をみているうちに・・」という感じで、それぞれの共通体験が語られ、それらが、ジェニファー・アレン(Jennifer Allen)という女性が造語した『ASMR』という名前のもとにまとまっていったという訳です。
このジェニファー・アレンさん、顔出ししていないのではないかな。ネットサーチでは、いまのところ、この人だという写真を見つけられません。
ネット上に「ASMR大学」っていうのもあって、これはバージニア州にあるシェナンドア大学の薬学部教授のクレイク・リチャード博士が運用している 『ASMR』の情報サイトのようです。
ここに、ジェニファー・アレンとのインタビューがアーカイブされており、 『ASMR』の歴史が語られているのですが、これもジェニファー・アレンの生声ではなく、クレイク・リチャード博士が代読しています。
多分、かなり正確な情報ではないかと思うので、ご興味のある方は聴いてください。
で、「JAMA」に戻りましょう。
YouTubeでの『ASMRによる医療ロール・プレイ』について考える記事です。
まずは、『ASMRによる医療ロール・プレイ』を観て下さい。
偽のお医者さんが、「どうしましたか〜。ちょっと喉を見せて下さい〜」
てな感じで、医院での診察行為を真似ています。
「お医者さんゴッゴ」ですので、別にこれで、がんが治ったり、糖尿病が治ったりするわけはありません。
でも、ネット上では
「いや、これ結構いいよ。調子よくなったよ」
という意見が少なくなく、それ故にこの手の『ASMRによる医療ロール・プレイ』動画がたくさん作られ、たくさんの人が観ています。
「JAMA」記事も「こんなのインチキ。エセ医療」と切って捨てるのではなく、「デジタル時代の新しい代替医療として無視できない現象かもね」とポジティブに捉えようとする姿勢で記事が書かれています。
「効くはずがないのに、効いちゃう」ってのは、 『メスマー美容術入門14-信じる力』に出てきましたよね。『プラセボ』効果です。
逆の、「悪さするはずがないのに、悪い状態になっちゃう」ってのが『ノセボ』効果です。『メスマー美容術入門17ーノセボ』で出てきました。
ようするに、「良くも、悪くも、あなたの思い通りになるよ」ってのが、『プラセボ』効果、『ノセボ』効果の根底にあり、エミール・クーエ(EMILE COUE、1857-1926)に始まる、「こころの研究」をしている人達が好きな考え方です。
ジョー・マーチャントの「病は気から」を科学する』に『プラセボ』効果を積極的に利用した医療の試みのことが紹介されていますが、例えば何の薬剤も入っていない、偽の薬を毎日飲むだけで、症状が回復する、ということが起こりえます。
エミール・クーエの時代には、「この薬は最近開発されたものすごく良く効く成分が入っていてね・・」なんて、「ウソ」をついてプラセボ効果を利用する事もできたのですが、今の時代はそれができません。JAMAの解説記事にもありましたように「このタブレットには何も実効成分は含まれていません」と正直に伝えて服用させても、それでもなお、患者が期待した効果が得られることがあるという訳です。
「そんなのインチキ。エセ医療。催眠術にかかってんだよ、騙されちゃだめ」
というのが、医療に携わる人達の正しくて、科学的な考え方なのです。
一方で、こころの研究をしている人達の中には、人間そのものが本来もっている、自分で自分を治してしまう能力を重視する人が多く、そういった人達にとっては、まさに『ASMRによる医療ロール・プレイ』は、体のもつ潜在的な自己治癒力を引き出す、トランス誘導法そのものに映るのです。
医療現場でおこなわれている、「どうしましたか〜、お腹触ってみましょうね〜、喉を見せて下さいね〜」といった、診断の所作そのものに、いわゆる暗示効果のようなものはあるはずです。多くの患者さんは、「病院に行って、先生に見てもらって、お薬をもらった」という、それだけで風邪とか治ってしまうものなのでしょう。その病院が大きな病院だったり、先生が名医の誉れ高かったり、薬が高価だったりすると、ますます病気は早く治るかも知れません。催眠術でいうところの「威光暗示」が効いているのです。
医者と患者の、このようなつながりがどんどん薄くなっていく現在、ネット上の擬似診察で、いわゆるプラシーボ効果が得られるのなら、それはそれで、可能性を追究しても良いのではないか、というのがJAMAの記事の内容です。
面白いので、次回も、この 『ASMR』の話題を続けましょう。
これはオリジナルのASMR、つまり微細な音刺激を利用したもので、診察のロールプレイではないやつです。
こっちのセンセーの方がいいです!
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