カリスマ催眠術師のミルトン・エリクソンについてのお話しを続けます。

ミルトン・エリクソン(MILTON H. ERICKSON, 1901-1980)

ミルトン・エリクソンは、催眠術をやっている人にとっては、神様みたいな存在です。なにせ、20世紀に入る前後、フロイトによって葬り去られそうになった催眠術を再度復活させたのですから。また、ミルトン・エリクソンが用いていた催眠誘導法の技法の凄さに痺れている人も少なくないでしょう。

ミルトン・エリクソンは、臨床心理学や精神医学分野の人々にとっても大きな存在です。

「心理学勉強してるけど、教科書にエリク・エリクソンは出てくるけど、ミルトン・エリクソンなんて出てこないな〜」ですって?

確かに、そうかも。フロイト、アドラー、フロムとかいろいろ出てきても、ミルトン・エリクソンはなかなかでてきませんよね。

医学・心理学といった学問の流れの中でのミルトン・エリクソンの位置づけがどのようなものなのかはサロンさんは知りませんが、基本的にミルトン・エリクソンは学者ではなく、お医者さん、臨床家であったことを注意してください。

大学の先生もしていたわけですので、もちろん学問にも興味があったのでしょうが、基本的にミルトン・エリクソンがもっとも興味をもっていたのは、いかいして目の前の患者さんを、医者として治すことができるのか、につきました。

この点が、おそらくフロイトなんかと違う点なのでしょうね。フロイトは精神医学の歴史上、不動の位置を築いています。いろいろな肉体的なトラブルが、心の奥底の、意識化されない葛藤(主に性的な葛藤)が原因で起こるのだ、のような新しい考え方を提案し、こころの科学を前進させる原動力となりました。

フロイトは「リビドー」という仮想上の性的エネルギーを提案などしてるのですが、こちらは今でも歌詞などに登場するのに対し、同じような想像上のエネルギー「動物磁気」を提案したメスマーは、トンデモ科学者の烙印を押されたのは、ちょっと可哀想ですが、まあ、時代の違いとか、アピールの仕方とが悪かったとかあるんでしょう。

フロイトメスマーも科学としての心と体に横たわる問題の解明を目ざしていました。「解明を目ざす」というところがミソで、その前提には、「まだ誰も知らない真実がある」という自然科学者の態度です。そして、その真実は1つであるべきで、シンプルであるべきで、誰もが合理的に納得できるものであるべし、と。

これって、いわいゆる近代自然科学の基本的な姿勢で、正しくて、立派で、文句のつけようはありません。

「動物磁気」や「リビドー」のうなエネルギーを仮定して、それでいろいろな現象を説明してみる。例え、それが失敗しても、科学の進展段階の1ステップとしては、OKで非難されるべきことではありません。

 

物理や化学の学問の世界では、こういった態度を取る学者ばかりなのですが、人間を扱う医学、臨床心理学の世界では、様子は少し変わってきます。

ミルトン・エリクソンの興味は、患者の治療です。つまり、「治ってなんぼ」の人。治療がうまくいけば、その裏にある原理が分かるかもしれないけど、わからなくても別にOK。逆に、理論が先行して、患者の治療がおろそかになるのを嫌うタイプの臨床医です。なので、患者さんにとっては、ありがたいお医者さんですね。

ミルトン・エリクソンの残した名言がいろいろあるのですが、サロンさんがお気に入りの1つに

「・・・理論に基盤を置く心理療法はいずれも間違っている。人はひとりひとり異なっているからだ」

ってのがあります。

理論を構築しないと学問としては前に進めないのですが、理論では対処できない多様性をもっているのが人間だということです。

SM美容術入門25-縄空間の制御者に』でちらっと出てきた河合隼雄という臨床心理学者も、かなり若い時期に「わたしがやっておりますのは、現象学であって、自然科学ではありませ〜ン」とな感じのことを宣言してます。科学でないと宣言してるのですが、開き直りなどではなく、こころの問題を取り扱う際の、重要な問題です。

河合隼雄 (1928-2007)

 

エリクソン自身は、相当数の論文を残しているのですが、そこから何か統一的な理論とかは引き出していません。多くが症例と治療過程の詳細な記録報告です。エリクソン信奉者達が、このエリクソンの論文や記録を詳細に解析しているのですが、それによると、確かにエリクソンは驚くほど多様な方法で、精神科医としての患者の治療をおこなっています。数百の症例記録を残しているそうですが、ほんと数百の方法で治療しているような(といっても、サロンさんは原著論文を読んでる訳ではなく、信奉者達が書いた本を通して何十例かを知るだけですけど)。

その中には、いわゆるエリクソン催眠というものも出てきますが、すべての治療で催眠を使っている訳ではありません。でも、確かに催眠術を重要なツールとして使っています。

「催眠術で、何をどうやって治すの?」

エリクソンの症例でよく出てくるのが、子供(時には大人)の夜尿症の治療。早漏や不感症の治療も出てきます。

「なんだ、そんなもんだけか」

と思われるかも知れませんが、悩んでいる人にとっては深刻な問題ですし、何か薬があるわけではありません。

例えば催眠術でがんが治るなってことはないと思いますし、エリクソンもやっていません。ただし、がんの進行に伴うがん性疼痛の対処をいくつかおこなったことを記録に残しており、これは凄いなと思います。麻酔薬が、現在ほどいろいろ使えるものが揃っていたいなかった時代には、結構、催眠術による痛みの除去ってのはおこなわれていました。でも、それも手術が終わるまでの、一定期間だけ痛みを除去すればOK。エリクソンは、がん性疼痛に対して、年単位で効果の持続する催眠術による痛みの緩和をおこなっていたわけで、これは驚きです。

でも、上の例は、トリガーとかアンカーとか、そういった催眠術の用語で、論理的に説明しようとすればできることなのですが、エリクソンの真骨頂といも言えるのが、次の症例。

レイノー病という、急に手指が蒼白になり、続いて紫色に変色し、最後は赤色になる原因不明の病気に悩む50才の女性。彼女の場合、痛みがひどく、何年も夜も1時間ぐらいしか眠れないほど。また指に潰瘍ができ、既に1本切除しているというひどい状態。近々、もう1本指を切除する予定です。このように、レイノー病の中でもかなり、症状が重いケース。

この患者さんにおこなったエリクソンの治療は次のようなものだったそうです。

エリクソンは「わたしはレイノー病の治療法についてはよく知りません。あなた自身の『からだの学び』があなたを治療するでしょう」と「私は治療できないけど、あなたが自分で治療しちゃうかもしれません」みたいなことを伝えます。今でも原因不明だそうですので、当時のエクソンは治療法を知らなくて当然です。

次に、彼女にトランスの入り方を教えます(自己催眠の誘導法を教えたわけです)。また彼女を診療室で催眠誘導し、トランス状態で「あなたにはとてつもない量の身体の学びがあります」「あなたの無意識の心は日中、あなたのために、身体の学びをすべて関連づけることに没頭してくれるでしょう」といった暗示を与えます。

そして、患者に、就寝前に今教えたように、トランスに入って下さい。トランスに入ると学びを実行するはずですから、それが終われば、私に電話してください、と伝えて患者を帰します。

その女性は言われた通りに、ベッドに入る前に自己催眠でトランスに入ります。そしてしばらくして、その後におこった体験をエリクソンに電話で報告します。

「エリクソン先生。恐ろしい経験をしてしました。椅子にかろうじて座っていられる状態です。トランスに入ると、いきなり寒さを感じ始め、どんどん強くなり二十分ほど寒さで縮み上がって、歯もカチカチ鳴りました。そのあと不意に寒さが消え、暑さを感じ、全身が焼けるように熱くなりました。今はリラックスしていますが、とても疲労した状態です。受話器ももてないので、夫がもってくれています」と。

エリクソンは、その女性がエリクソンに体の学びを教えてくれたことに礼を述べ、次の朝にもう一度電話をかけて来るように伝えます。

次の朝、女性から電話があり「エリクソン先生。ここ十年以上、こんなに長く眠れたことはありませんでした。」

数ヶ月後の彼女からの手紙でも、この方法(寝る前にトランスに入ること)で痛みから解放された生活が続いている、との連絡があった。トランス状態で、寒さと暑さを交互に体験することで、毛細血管の収縮と拡張を起こし、痛みを緩和していたようである。

 (ダン・ショート他 『ミルトン・エリクソン心理療法: 〈レジリエンス〉を育てる』からのパクリ)

 

エリクソンはある段階から、すべての心理療法による治癒は、施術者がおこなうものではなく、患者自身が自ら治してしまうものだと確信していたようです。これは、エリクソンに特有の考え方ではなく。同時期に独立に米国で活躍していたカール・ロジャーズなどもそうらしいですし、河合隼雄などのユング派もそうだと理解しています。もちろん、医者やセラピストは何もしないわけではなく、クライエントがそのような状態になる環境を整えてあげるわけですが。

ある意味「私は何もできません」「でも、あなたが全てうまくやってくれることを知っています」といった人間の可能性を深く信じた境地に達しています。もうここまで来ると医者としてはぶっ飛んでおり、確かに世界中に信奉者がたくさんいることも頷けます。同時に、トンデモ学者として烙印を押したがる人がいてもおかしくない境地です。

 さて、エリクソンの世界に捕まってしまうと、なかなか抜けられないようで、しばらくだらだら続くかもしれませんが、この続きは次回でということで・・・

 

  

数多くいるエリクソン信奉者の中で、サロンさんが好きなのはこのダン・ショートっていうおっさんかな。 信奉者ではありますが、比較的冷静に、バランス良く分析しているような気がします。

 

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