縄は自由な方向に進むことができますが、進む方向により、自ずと開ける世界が異なってきます。

 

 

 

(1)縄の方向1

問題です。

後手縛りを縛り始める際、一番最初に両腕の手首を縛るのですが、この時、

  1. 縄の先頭を「上から下」の方向に差し込むのが正解でしょうか
  2. あるいは「下から上」の方向が正解でしょうか
  3. どちらでもよいのでしょうか?

 

さて、どれだと思います?

どうせサロンさんのことだろうから、どちらでもよいという答えだろうな

ええ、まあ、そんなもんです。

でも、縄の方向、なかなか奥深いところもあるので、ちょっと読み進めてください。

 

 例えば、最初の縄を「下から上に」差し込んだとします(上の写真の右)。

次に、手首のまわりをぐるぐると2回ぐらいまわすのですが、この時にも2つの方向があります。

左の方に向かってぐるぐるとまわしていくか(下の写真の左)、右の方向にぐるぐるとまわしていくか(下の写真の右)・・・

どっちが正解でしょう?

 これは、ホントにどっちでもいいです。

いや、僕の習っている流派では、必ず○×に回すように言われてます

て人もいるかもしれませんが、最初の「上から下」か「下から上」かに比べると、実にどっちでもいいです。

その人その人で、どっちかの方向の方が自然に感じるでしょうから、そちらでいいと思います。クセです。

ただし、どっちの方向を取るかによって、次の一手の縄の方向は異なってきます。

 

流派によって、最初から全然違う手首の縛りをするところもあるかもしれませんが、たいがいの流派はこういう感じで、手首を縛っていきます。

手首の回りに縄をかけましたので、次のステップとして、ここで一度、「結び目」を入れます。

ここの「結び目」作り方ですが、いろいろな種類があります。

日本で一番多いのは、「本結び」的な結び目を入れるやり方。

「本結び」ってのは、「横結び」や「真結び」やいろいろな名称がありますが、ようするに普段われわれが使う結び。

靴の紐を結んだり(引き解きできるように蝶結びですが)、風呂敷を包んだりする時の、あれです。

 

本結びも最初のまわす方向により、2種類あるのは分かります?

靴の紐結ぶとき、右手で掴んだ靴紐を手前に回すか、向こうにまわすかの2つの回転方向がありますよね。

これもどちらでもOKです。その人のクセで決まってきます。

ただし、次が大切。

最初の回転方向が決まると、二巻き目の方向が自然と決まります。

子供の頃、「本結び」の結び方を親に厳しく教えられましたよね。

 

 

 

上は正解で、下はバツ。

上はきちんと「本結び」になってますが、下は「縦結び」とか「猿結び」とか言われ、靴だったら、紐が縦になって、とても見苦しくなりますし、歩いているとすぐにほどけます。

機能的にもバツだし、見た目もバツ。しかも、弔事に使う縛り方で、縁起もわるいということで、悪いとこだらけです。

 

後手縛りの、この手首のところの縛り方の名称は、きちんとしたものがないのですが、いわゆる一般的な「本結び」をそのまま利用して、「本結び」と言っている人が多いです。

英語も、「日本式シングル・カラム結び」とか「ボラボラ結び」とか「ユキノット」とか名称が一定していません。

名前はともかく、方向を考えてみましょう。

 

手首をふたまわしした縄の輪っかの部分(この手首をグルグルまいた部分を、英語では「カフ」つまり、袖口、と呼びます)を束ねるように最初の横の一巻きを入れます。

 

こういう感じです。

ここは、方向は1つに決まっちゃいます。

カフの下を通すしかありません。

カフの上を通しちゃうと、結び目をカフと手首の間に作ることになるので、あり得ません。

問題は次です。

次の一手を間違えると、上で説明した「縦結び」になってしまいます。

ここの方向を間違わずに、きちんと「本結び」の方向で縛ると

上の写真のように「穴」という感じに似たような縄の並びがどこかに発見できるはずです。

あちこち捜しても「穴」構造がみつからなければ「縦結び」になっているわけで、2回目の縄の回す方向を間違えたことになります。

 

ただしですね、靴と違って、「縦結び後手縛り」でも、見た目がものすごく格好悪いとかでもないですし、麻縄ってのは、摩擦力が大きいですので、そこそこの安定性もあります。

でも、「縦結び」をわざわざ使う緊縛師さんってのは、いないのでないかな。「本結び」の方が自然ですので、自ずと、本結びのトポロジーになります。

 

さて、上の写真の「本結び」は、最初に縄頭を「下から上に」差し込み、次に左に向かってまわした場合の結び目です。

これを右に向かってまわすと、ちょうど鏡にうつったように、左右にひっくり返した構造になります。

最初に「上から下」に通すと、写真を上下さかさまにしたような感じです。

ですので、方向により4種類の後手本結びがあることになります。

 

ここで1つ知っていただきたいのが、「本結び」というのは、結びとしてはそれほど強い結びではないんです。

風呂敷で使われているわけですから、あんまり結びが強ければ、今度は解けないですよね。

ほどほどの「強さ」と「解けやすさ」を併せ持つのが「本結び」の特徴。

特に、上の写真でしたら、下側に出ている、縄の長い方(縄尻)を「上向き」に引っ張ったりすると、簡単に解けてしまいます。

 

そう、ここがポイント。

後手縛りでは、手首を縛ったあとに、普通は、次は二の腕のところにかけて、胸に縄を廻して行きますよね。

なので、縄尻を上向きに引っ張ることになります。

これ、まずいんです。

最初の最初のに、縄を「下から上に」差し込むと、縄尻は上を向いて出てきますので、この場合は自然に二の腕へとつながります。

なので、最初の質問の答えとして、「上から下へ」が正解、とする流派もあります。理にかなっています。

 

ところがですね、ここが縄の世界の面白いというか、いいかげんなとこですが、縄を「下から上に」回している緊縛師さんは結構多いんです。

三大縄神様濡木痴夢男明智伝鬼雪村春樹は、みんな「下から上」ですし、その他、有末剛、千葉曳三、奈加あきら、神凪、乱田舞、麻来雅人、堂山鉄心、武田龍二、などのベテランも「下から上」派が多いです。

一方、「上から下」派はといえば、古くは浦戸宏、長池士、織田久、最近の緊縛師だと、Kinoko Hajime(一鬼のこ)、紫護縄びんご、音縄、蓬莱かすみ、永遠などなどです。若い世代ほど、「上から下」派が多いような感じがあります。

どっちもあるということは、どっちでも、それほどは関係ないのでしょう。

「下から上」にまわすと、縄尻を上に引っ張った時に、ほどけやすいのですが、結び目を手前ではなく、上側に持ってくるとか、もう一回結び目を入れて方向を変えるとか、縄頭をどこかの段階で巻き込んで固定してしまうとか、いろいろ対処法があります。

 

日本で主流の、この「本結び」タイプの手首縛りですが、海外、特に米国では「解けやすい」と評判が悪いんです。

そもそも「ボラボラ結び」とか「ユキノット」とか、ちゃんとした名前も与えられていないわけで、マイナーな結びだということが分かります。

では、米国では、どういう結び方が多いかというと、「サマビル・ボーライン」、あるいは「ファースト・ボーライン」という結びを使う人が多いようです。

「ボーライン」というのは「bowline」と綴り、日本語では「舫(もやい)結び」となります。

もともと船舶関係で使われていたロープワークに由来する名前です。

そもそも、「なんとかボーライン」の「なんとか」がつかない、ただの「ボーライン」という有名な結び方がります。日本語でも「もやいむすび」です。

「結び方の王様」と呼ばれる「もやいむすび」ですが、 一般の人は使うことはあまりないです。

船に乗っている人、山に登る人、キャンプをする人、畜産関係の人など、ロープを使った仕事をする人は、必ず知っていなければならない結びです。

引っ張れば引っ張るほと強く結ばれ、輪っかの部分は決して縮まらないという優れもので、解くのも簡単です。

緊縛とは関係ない一般的な「もやい結び」の手順。

 

知らない人にとっては、頭がこんがらがる結びです。

特に覚えても、SMプレイに使う場面は少ないでしょう。

「サマビル・ボーライン」や「ファースト・ボーライン」は、この本家「ボーライン」にインスパイアされた後手用の結び方です。

縄のトポロジーは同一ではありませんが、やはり引っ張れば引っ張るほど強く絞まり、だからといって、手首が締まっていくことはありません。引っ張る方向もどちら向きでもOKです。「本結び」と比べると、プレイの途中で意図せず解けたり、ということは極めて少ない結びです。

日本でもやはり、「サマビル・ボーライン」=「まる結び」、および「ファースト・ボーライン」=「巴(ともえ)結び」という別の名称で、昔から使っている人も少なくありません。

おそらく、プロの緊縛師の人は、「本結び」がメインとしても、「まる結び」や「巴結び」も自由に必要に応じて使いこなせるはずです。また、「まる結び」や「巴結び」をメインとして使われている緊縛師(紫護縄びんごや堂山鉄心)もいます。

また、この記事では、結び方のトポロジーだけに焦点をあてていますが、実際には同じ「本結び」でも、緊縛師によって、縄の動かし方、指の動かし方などは全く異なります。結びのプロセスだけを見ていると、全く違う結びをしているようにも見えます。「結びの過程」は、それぞれの緊縛師のこだわりで、あるタイプに収斂されていきます。

 

さて、話を戻して、「まる結び」「巴結び」もやはり、「上から下」「下から上」の入り方と、右に進むか、左に進むかで、それぞれ4種類存在します。

 

左は鏡像関係にある1つの「巴結び(Fast bowline)」で右は「まる結び(Somerville bowline)」 。それぞれ上下をひっくり返したものもあるので、4種類存在する。分かりやすくするために、縄は2つ折りにしていない。

 

てなことを紹介すると、「よし、本結び、巴結び、まる結びのそれぞれ4パターンの12の結びパターンを覚えて、上手くなろう!」なんて張り切る人が出てくるかもしれませんが、それは無駄です。

プロの場合は、「吊りを多用するために、機能的にしっかりとした結び」でなくてはならない、「ショーなどでは、素早く結ぶことができ、素早く解くことができる結びが必要」、「できた結びが見た目に美しい」、「結ぶための縛り手の一連の動きが美しい」などの、アマにはない必要性を考慮します。なので、これらのことをいろいろ考慮した結果、最適の結び方を、それぞれの緊縛師は選択し、場合によっては、複数使い分けます。

SM美容術入門17-縄をマスターするには』 に書きましたように、アマチュアの場合は、舞台で誰かに見せるわけでもないし、写真集を出版するわけではないので、まずは自分の習っている流派が教える、結び方1種類を徹底的にマスターしましょう。それで十分です。

まとめると、縄の方向はいろいろありますが、まあ、どれも正解です。ただし、本結びだけは、考えないでもスラスラと結べるようでないと、ちょっとまずいかもです。

 

【Take-home message-57】せめて「本結び」だけは方向を間違わないでね。

 

 

(2)縄の方向2

 

2つ目の「縄の方向」の話をしましょう。

これは、「上か下か」「右か左か」とかではないんです。「上か下か」「右か左か」は、(1)で説明したように、基本的にどっちでも、どうにかなります。

何回も繰り返して言っているように、あまり縄の技術にだけこだわって、縄が好きなのか、縄遊びが好きなのか、どっちなんですか、っていう人が時々います。

「縄が好きなんです」っていうのでしたら、まあそれはそれでいいと思うのですが、ボーイスカウトなんかでロープワークの腕を競った方が、より面白いと思いますよ。

やはり、せっかく受け手と縄を通した、楽しい遊びをするのですから、コミュニケーションツールとしての縄のテクニックを学ぶのに、エネルギーを注ぎましょう。

まずいのは、受け手の後ろで、ぶつぶつと「あれ、巴は、こっちに回すんだっけ・・」と呟きながらしばるような状態。これは最低です。

受け手を縛る時に、縄のことを考えてはだめです。

特に最初の最初に、後手縛りをかける行為は、すべてを決める極めて重要な瞬間です。ここで、受け手との心のコネクションを確立する必要があります。プロの緊縛師のプレイを見ていても分かるように、ファースト・コンタクトは、極めて緊張する場面です。こんな瞬間に、結び方がどうのこうのなんて方向に気持ちが少しでも行くと、受け手の心は、スッと離れていきます。

 

三大縄神様の一人、雪村春樹の言葉に「縄の行き先で気持ちも変わる」というのがあります。2つめの縄の方向はこのような意味での方向です。

 

 

ちなみに、初心者は縄で首輪を作るのではなく、市販の首輪+リードを用いて遊びましょう。

 

上の写真は、雪村春樹が亡くなる少しに製作した『縄遊戯 雪村流縛り方講座』というハウツーDVDからのスクリーンショットです。

ここでは、縄を引く方向により、受け手の気持ちがいろいろ異なった方向へと変わることを説明しています。

「縄の方向」だけではなく、「縄の持ち方」「縄の長さ」などを変えることにより、受け手の受ける感覚が大きく変わることを、雪村春樹はいろいろなところで述べています。

そう、縄を使ったコミュニケーションは、とても繊細なものなのです。

縄を引く方向だけをとっても、床に近い方向に引くと、受け手は屈辱的な感覚を感じるかもしれません。縛り手の方にまっすぐ引っ張ると情熱を感じるかもしれません。

縄尻をしっかりと握って、一定の牽引力を伝えておくと、安心感を与えるかもしれませんし、スチールの棒などに、短くした縄で結わえて放置すると、孤独を感じるかもしれません。

すべて「かもしれません」と書いているのは、「こういう方向に縄を引くと、これこれの感覚が生じる」と一対一できっちりと決まるものでもないということからです。その時の前後の流れや、縄の引っ張る強さや速さ、その他いろいろな要因が相俟って、同じ方向に引いても、その時、その時で、異なる感情がわき起こってくるのが普通です。

縄の縛り方の場合は、「こちらの方向に回すと、次の縄は必然と、あちらの方向に向かわないといけない」と、結構ロジカルに進むところがあるので、テキスト化しやすいですし、覚える方も、納得しながら知識を積み重ねていけます。

ところが、縄の引く方向で、受け手と縛り手との感情のコミュニケーションを楽しむとなると、ここにはきっちりと決まった法則はありません。同じ受け手に、同じ縛りをしても、日によって、誘導される感情は違うかもしれません。

どうやって学んでいくかというと、もうひたすら本番の、ガチ勝負を積み重ねていくしかありません。これは、『SM美容術入門32-練習と本番』にも書いたとおりです。

「本結び」の1つをマスターしたら、「まる結びと巴結びをマスターしてから」なんて考えずに、とにかくどんどんガチ本番で縄遊びをやりましょう。難しい縛りは、縄でのコミュニケーションが楽しめるようになってから、あとからゆっくり覚えればよいのです。

 

【Take-home message-58】縄の行き先で気持ちも変わる(雪村春樹)。

 

牛を杭や柵に結ぶ方法に由来する「サマビルボーライン=まる結び」の縛り方の一例です。いろいろな人がいろいろな指はこびを研究しています。

 

われわれが普段使う「本結び」型の結びがいかに引っ張る方向にもろく、それに対して「巴結び=ファースト・ボーライン」がいかに頑丈かを説明しているビデオ。

 

 SM美容術入門32-練習と本番 <連載『SM美容術入門』> SM美容術入門34-内包する支配力

 

連載『SM美容術入門』